月陰伝(一)
煉夜が呼んだ車に乗ると、サリファが面白そうに話し掛けてきた。
「佐紀様は、お嬢様が絡むと、たまに抜けた事をしますなぁ」
「本当に…いつもは隙がないくらいなのに、なんであぁなるんだろ?
仕事の反動?」
月陰の中でもやり手と言われる程の人なのに、私といる時は、なぜかよくボロが出る。
「ははっ、先週末のイベントも、招待状を忘れて慌てたって言ってましたね」
「うん…何か私と相性悪いのかな?」
他の人と居るときは、そんな事はないらしい。
普段通りの完璧さで対応している。
首を傾げていれば、運転手の博也が、ミラーごしに眉を寄せていた。
「……結さん……相性が悪いなんて…冗談でも佐紀さんの前で言わないでやってくださいね…」
「ふぉっふぉっふぉっ。
好いた方の前での空回りは、優秀な方程ありますからなぁ」
「ああ、そんなもんっすよねっ」
「ええ、『そんなもん』です」
どう言う事?
「失礼ですがお嬢様は、佐紀様をどう思っていらっしゃるのですか?」
「どうって…?
頼りになる人だね…普段は…」
父も頼りにしている。
魔族の父と、魔女の母を持つ佐紀は、父親譲りの強い魔力と、母親譲りのあらゆる力を制御する技術を持っている。
だから、小さい頃から、佐紀の傍でだけは、安心して力を使えた。
傍にいてくれると言う安心感は、今でも感じている。
「何があっても、佐紀が傍にいれば、何とかなるなぁとは思うくらいに信頼はしてる」
そう答えれば、前の席の二人は、そろって微妙な顔をした。
「…煉夜様もこう言うとこあるんっすよね〜ぇ…」
「肝心な所が抜けてしまうのは、わたくしどもの業界幹部の特質と言いましょうか…。
いやはや…難儀でございますなぁ」
いったい何が不満なんだか…。
そうこうしているうちに、特別な転移術などを駆使し、無事屋敷へと到着した。
車から下りると、律が転がるように屋敷から飛び出してきた。
「おかえりなさぁいっ、ねぁさまぁっ」
飛びついてきた律を、しっかりと抱き止める。
「こらっ……危ないだろ?」
その言葉で佐紀の顔が頭をよぎった。
これは、先ほど佐紀に言われた言葉だ。
そして、ついでのように煉夜の嬉しそうな去り際の顔が浮かんだ。
しまった。
手加減するように言うの忘れてたっ。
「どうしたの?
ねぇさま」
「ううん…。
何でもないよ。
……ただいま、律」
佐紀がいるんだ。
滅多な事は起きないだろう。
そう結論付けて、自らを納得させた。
目の前で、『だっこ』と手を上げる律を抱き上げて屋敷の方を見れば、マリュヒャが微笑みながら立っていた。
「お帰り、結」
こんな時間にまだ屋敷に居るなんて…。
会ったら、私に何も言わずサリファを差し向けた事を詰ってやろうと思っていたのに、そんな顔をされたら、どうでも良くなってしまうじゃないかっ。
律を抱いたまま、ゆっくりとマリュヒャの前に立つ。
そして、素直に今最も相応しい言葉を告げた。
「ただいま帰りました、お父様」
「…ああ…っ」
そう言って、優しい笑みと共にそっと抱き締められた。
マリュヒャの腕の中で、心が奮えた。
私は本当に、この人の娘になれたんだ…。
そう思ったら、胸がいっぱいになって、涙が滲んだ。
「佐紀様は、お嬢様が絡むと、たまに抜けた事をしますなぁ」
「本当に…いつもは隙がないくらいなのに、なんであぁなるんだろ?
仕事の反動?」
月陰の中でもやり手と言われる程の人なのに、私といる時は、なぜかよくボロが出る。
「ははっ、先週末のイベントも、招待状を忘れて慌てたって言ってましたね」
「うん…何か私と相性悪いのかな?」
他の人と居るときは、そんな事はないらしい。
普段通りの完璧さで対応している。
首を傾げていれば、運転手の博也が、ミラーごしに眉を寄せていた。
「……結さん……相性が悪いなんて…冗談でも佐紀さんの前で言わないでやってくださいね…」
「ふぉっふぉっふぉっ。
好いた方の前での空回りは、優秀な方程ありますからなぁ」
「ああ、そんなもんっすよねっ」
「ええ、『そんなもん』です」
どう言う事?
「失礼ですがお嬢様は、佐紀様をどう思っていらっしゃるのですか?」
「どうって…?
頼りになる人だね…普段は…」
父も頼りにしている。
魔族の父と、魔女の母を持つ佐紀は、父親譲りの強い魔力と、母親譲りのあらゆる力を制御する技術を持っている。
だから、小さい頃から、佐紀の傍でだけは、安心して力を使えた。
傍にいてくれると言う安心感は、今でも感じている。
「何があっても、佐紀が傍にいれば、何とかなるなぁとは思うくらいに信頼はしてる」
そう答えれば、前の席の二人は、そろって微妙な顔をした。
「…煉夜様もこう言うとこあるんっすよね〜ぇ…」
「肝心な所が抜けてしまうのは、わたくしどもの業界幹部の特質と言いましょうか…。
いやはや…難儀でございますなぁ」
いったい何が不満なんだか…。
そうこうしているうちに、特別な転移術などを駆使し、無事屋敷へと到着した。
車から下りると、律が転がるように屋敷から飛び出してきた。
「おかえりなさぁいっ、ねぁさまぁっ」
飛びついてきた律を、しっかりと抱き止める。
「こらっ……危ないだろ?」
その言葉で佐紀の顔が頭をよぎった。
これは、先ほど佐紀に言われた言葉だ。
そして、ついでのように煉夜の嬉しそうな去り際の顔が浮かんだ。
しまった。
手加減するように言うの忘れてたっ。
「どうしたの?
ねぇさま」
「ううん…。
何でもないよ。
……ただいま、律」
佐紀がいるんだ。
滅多な事は起きないだろう。
そう結論付けて、自らを納得させた。
目の前で、『だっこ』と手を上げる律を抱き上げて屋敷の方を見れば、マリュヒャが微笑みながら立っていた。
「お帰り、結」
こんな時間にまだ屋敷に居るなんて…。
会ったら、私に何も言わずサリファを差し向けた事を詰ってやろうと思っていたのに、そんな顔をされたら、どうでも良くなってしまうじゃないかっ。
律を抱いたまま、ゆっくりとマリュヒャの前に立つ。
そして、素直に今最も相応しい言葉を告げた。
「ただいま帰りました、お父様」
「…ああ…っ」
そう言って、優しい笑みと共にそっと抱き締められた。
マリュヒャの腕の中で、心が奮えた。
私は本当に、この人の娘になれたんだ…。
そう思ったら、胸がいっぱいになって、涙が滲んだ。