月陰伝(一)
恥ずかしいっ!
まさかそんなっ。
マリュー様に限ってそんな事っ。

「今、マリュヒャ様に限ってそんなはずはないって思ったか?」
「っ…だっ…だって…」

あのマリュー様が?!
いつだって冷静沈着なマリュー様が?!
そんな親バカ的な行動を……?
…うん…そりゃぁ、一緒に寝たりとか?
出掛ける時にどこに行くのか聞かれるのは……後見人の義務みたいな?

「グルグル考えてる所悪いがな、マリュヒャ様は、月陰の中でも五本の指に入る程の親バカだと言うのは、周知の事実だ。
そう言う情報は、お前は興味ないからなぁ、知らなくて当然だが?
だいたい、お前を正式に親元から引き取るって話も、もう二年くらい前から出てたんだ。
どうやったら、あの母親に納得させられるかとか、後で問題にならないように、誓約書はどうすべきかとか、ものすっごい悩んでたんだぞ?
まぁ、入念な用意の結果、今回あっさりとお前をあの母親から奪還できたんだけどな」

奪還って…。
でも…知らなかった…。

あの日、屋敷に帰った時のマリュヒャの顔を覚えている。
見たことがない程の晴々とした曇りのない笑顔。
普段の見守る様な微笑む笑顔ではない。
心から溢れ出た無邪気な笑顔だった。

「分かったか?
お前がどんなに好意に鈍感かっ。
さぁ、言えっ。
佐紀と何があったんだ???」
「っ…なっ何で今の流れで佐紀の話になるのっ!?」
「だってな、お前に対して控え目だった佐紀が、昨日お前と顔を合わせた時、ものすっごい笑顔で見送っただろ。
その上、わざわざ傍に来て『気を付けて』って一言まで付けて。
今までの佐紀なら、遠くから微笑む程度で終わりのはずだ。
つい最近まで、あんなあからさまに”好き好き光線”は出てなかったはずだぞ。
何かあったんだろ???」
「っくっ…」

確かに、佐紀にはびっくりした。
何と言うんだろう…何だか一皮剥けたような。
吹っ切れた様な感じだ。

「お前もちょっとおかしかったんだよな…佐紀を見て赤くなってたし。
目が泳いでた」

仕方ないじゃないかっ。
成り行きとは言え、あんな事っ……はしたないっ!!
あの時はどうかしてたんだっ。
あんなっ…あんなっ私から誘ったみたいにっ!

「おい、どうした?
顔が真っ赤だぞ?
っまさかお前っ……っしちゃったのか?!
佐紀と?!
ちゃんと避妊はしたんだろうなっ?
確かに出来ちゃった婚は、今や主流だが、マリュヒャ様は許さないかもな…だが大丈夫だっ。
駆け落ちはロマンチックにッ。
必ずやっお前達の幸せは、私が守ってみせるぞっ!!」
「ッ何言ってんのッッ!!
キスしただけだよッッ」

何て事考えてんだッ!!

「……何だ残念…けどあの奥手の佐紀がな…。
そんで?
どう言う経緯でそうなった?
言わないと、マリュヒャ様にバラすぞ?
あの親バカっぷりなら、佐紀を殺しかねないな?」

もの凄くイヤな笑顔だ…。


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