月陰伝(一)
「真紅さんは桂教授とはいつ知り合ったんですか?」
「結で良いですよ。
教授は、父の恩師なんです。
私が初めて会ったのは小学校に入る時ですね」

食事をしながら、内容に注意して質問に当たり障りなく答える。
その理由は、実は桂教授は、人ではないからだ。
顔の印象などを一世紀毎に変え、様々な分野をとっかえひっかえしながら研究している、研究マニア。
マリュヒャとは永年の付き合いだ。
もちろん、月陰の関係者である。

「なら、僕の事は雪仁と呼んで。
それにしてもすごいね、あんなにたくさんの言語を知ってるなんて。
喋れても、正確に言葉を訳して文章にしていくのって大変なのに…」
「小さい頃から色々な国の人と交流があって、面白がってみんなが言葉を教えこんできたんです。
桂教授もできるのに、最近は目が霞むとか言って呼びつけるんですよ、良いお小遣いにはなりますけどね」
「あははっ、そうだったんだ」

何か喋りやすい人だ。
なんだろう、この感じ誰かと…。

何かが引っ掛かった。

……神城……?
どこかで聞いた…?

そこで思い出した。
それも、とんでもない事実が二つ浮上した。

「かみ…しろさん…?」
「?雪仁で良いんだよ?
どうしたんだい?」

いや…まさかね…けど……”まさか”はあるよね…。

「お兄さんに…セツナって名前の人がいますか…?」
「何で知ってるんだい?
一番上の兄だよ?」

そっか、やっぱし刹那の…。

そしてもうひとつ、けどそれは先ず刹那に確認しよう。

「…刹那っ…さんは、父の部下なんですよ」

怪しまれてはいけない。

「このバイトの事、父には内緒なので、お家では私の事、秘密にしてくださいね」

大事な所だ。
絶対に彼の家族に、私の名前をバレてはいけない。

「うん。
そう言う事なら分かったよ」

素直な人で良かった。

だが、なぜか突然無言になった。
何かを考えている様子だ。
しばらく食事に集中していれば、ぼそりと呟いた。

「刹那にぃっ…あのっ…兄は、ちゃんと仕事をしているのかな…?」
「?はい?」
「いやっ…たまに帰って来たと思ったら、一日中寝てたりとか…出勤日が不規則なのは納得できても、出勤時間までバラバラで…何をしてるのか分からなくて…。
それに、昔荒れてた時期があったんだ…高校も大学も行ってない人だから…心配と言うか…」

なるほど。
あまり兄として尊敬できる姿を見た事がないから不安…と。
ちゃんと働いている様に思えないのか。

「シャドー・カンパニーは分かりますか?」
「ああ、あの有名な?」
「はい。
お兄さんは、そこで働いています。
シャドーは、社員一人一人が、自身で時間を割り振って仕事をするんです。
それぞれの技能に合った、一週間で完了すべき仕事量を与えられ、好きな時間に出勤して仕事をこなすんです。
海外との連携もあるので、人によっては、真夜中に出勤する人もいるんですよ?」

だからシャドーは、二十四時間、眠らない会社と言われている。


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