月陰伝(一)
最寄りの駅まで一緒にと言われ、ファミレスを出て駅へと歩きながら、学生とやたらすれ違うなぁとか考えていた。
すると、隣で思い出したように感心する声が向けられ、首を傾げた。

「結ちゃんは、僕なんかよりずっと大人だなぁ」
「雪仁さんはちゃんと大人ですよ?
私は、心はいつまでも子どものままだと、よく言われます」
「え?どこがだい?」

そんな意外そうな顔で見られても…。

駅に近づく頃、おかしな気配を一瞬感じた。
しかしそれは、突然のガシャンっと言う大きな音で霧散した。
見れば、自転車置き場で数人の若者達がケンカをしているようだ。
『おお、好きにしろ』と思ったが、一方的にやられているのが、以前から知っている子だと気づいて、思わず立ち止まった。

「夏樹…?」
「え?」

隣で同じようにに足を止めて見ていた雪仁は、信じられないと言うように呟いた。

「お知り合いですか?」
「……すぐ下の弟なんだ…。
しょっちゅう喧嘩して帰ってくるんだよ…。
もう刹那兄さん以外はみんな諦めてしまっててね…」

あらあら、全く…これだから分かろうとしないのは本当に…。

いつの間にか雪仁は、その穏和な表情に冷えきった目を見せていた。

「刹那っ…さんは何て?」
「『あんまり無茶するなよ』と笑うだけでね…叱ってやって欲しいんだけど…いつも叱るのは、僕とすぐ上の兄で…。
晴海って言うんだけど……晴海兄さんは、しっかりしてるから…だらしない事が嫌いって言うか…神経質な所があって、喧嘩するのが許せないらしいんだ。
また今夜怒るだろうな…」

う〜ん、それは理不尽。
それこそ非行少年が出来上がっちゃいそうだよ。
せっかくの”善行少年”なのに…。
仕方ない。

「雪仁さん、彼に一度でもなぜ喧嘩をしたのか聞いてあげましたか?」
「?なぜって…?」

困った人だなぁ。

「ちゃんと見ててくださいね。
彼らだけでなく周りも見なくては、真実は分かりませんよ?」

それだけ言って、自転車置き場へと走る。
あんまり昼間から目立つのは良くないけど、仕方がない。
運良く時間帯が微妙だし、こちら側は駅裏だ。
人もそんなに多くはない。
それに集団心理が働いて、見なかったふりをして通り過ぎるのが大半だ。
誰だって面倒事には関わりたくない。
あっという間に自転車置き場を囲う高いのフェンスに辿り着き、そのままの勢いでそれを飛び越えた。

「「きゃっ」」
「「おぉっ」」

見ていた野次馬が声を上げたが気にしない。
ふわりと軽く着地したのは、殴り蹴られて地面に座り込んだ夏樹の前だった。

「うぉっ何だ?!」
「どっから?!」

驚いて数歩下がる五人の不良くん達をざっと見て、一人が手にしている鞄を確認する。
それは、白い女物のハンドバッグ。
明らかに彼らの持ち物ではない。
だからと言って、夏樹が持つ物でもない。
状況を正確に理解し、ニヤリと笑う。

「お姉さんが君達に、三つ大事な事を教えてあげよう」


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