月陰伝(一)
「結姉、一人で平気?
俺も行こうか?」

お姉さんの手を取って立ち上がらせると、心配そうに夏樹が尋ねてきた。

「やめとけ。
坊主は、兄貴と帰れ。
その怪我だと熱を出すぞ」
「ああ、そうだった。
薬…薬……っあった。
この薬、苦いけどその分良く効くから。
熱が出たら飲みなね」

鞄の奥から探りだし、それを夏樹に渡す。
懐かしいパラフィン紙に包まれた小さな丸薬。

「あ〜ぁ、あれか。
そうだな、味は最悪だけどビックリするくらい良く効く。
帰って大人しくしてろ。
もうあんまし無茶すんなよ」
「はい…」
「ご迷惑お掛けしました。
結ちゃん、また会おうね」
「ええ、でも私の事は、他の家族には内緒ですからね」
「?うん、分かった。
でも、刹那兄さんには良いよね?」
「?刹兄?
なんで結姉知ってるの?」

ふふっと笑って誤魔化し、手をふる。

「じゃぁ、またいずれ」
「うん、またね」
「結姉っ今度はっ…お茶でも……」
「良いよ。
今度デートしようね」
「っ…おうっ…っ」
「さすが…刹那の弟……」
「リナちゃんも今度、煉も誘ってデートしようね」
「っするかッッ」

そうして上機嫌でお姉さんと一緒に歩き出した。

「ふふふっ、いつもあんな感じなの?」
「リナちゃんの事ですか?」
「ええ、それと喧嘩。
女の子なのに強いんだもの」

びっくりしたと言いながら笑顔を見せるお姉さんは、どこか懐かしい人を思い出させる。

「リナちゃん、昔はこの辺一帯をしめてた不良集団のトップだったんですよ?」
「っえ?」
「でも、悪さをしてたんじゃなく、秩序を守ってたって言うか、不良くん達の良い兄貴でしたね。
夏樹みたいに正義感が強くて、荒事の解決を常に引き受けてて…。
ただ腕っぷしは強かったので、その腕に惚れ込んで馬鹿な子達が集まってましたけど、最終的にはきっちりその子達も教育して、面白かったですよ?
見た目不良にしか見えないのに、やってる事と言ってる事が教師みたいで。
頭も良かったですしね」

学校の生徒指導の先生みたいだった。
怖いのに慕われる。
カリスマ性もあったのだ。
言葉は今でも荒っぽいけど、その言葉が届く。
そんな所が、真面目一辺倒の結城に嫌われる要因でもある。

羨ましいんだろうな…。

「ずっとあの駅を使ってるのに、あんなお巡りさんがいるなんて知らなかったわ」
「根は真面目だから、通常は静かに仕事してますし。
あんな感じなんで、慕ってる若者が多くて。
奥で話し相手になってたりしますし、見た目、普通の人なら関わり合いになりたくないでしょうからね」
「っそうかもっ」


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