月陰伝(一)
無事お姉さんの家に着き、お礼にお茶でもと言われ、気になる事もあったので、そのままちゃっかり部屋に上がり込んだ。

「そう言えば、まだちゃんと名乗ってなかったわ。
神崎祥子です。
よかったら祥子って呼んでね。
今日は本当にありがとう」

笑顔の素敵なお姉さんだ。
所作も綺麗で、お茶を出してくれる動きも優雅な感じがする。
不審な点は一つもない。

「いいえ。
実は私の方も感謝してるんです。
祥子さんには災難でしたけど、お陰であの兄弟のわだかまりが解けましたから」
「?わだかまり?」

首を傾げる祥子さんに、雪仁が夏樹をどう思っていたのか話した。

「そうだったの…。
実はね、バックを盗られた時、それを見てた他の人達が通り過ぎていくのが、すごくショックだったわ。
泣きそうに悔しくて…でもすぐにあの子が彼らに体当たりして行ったの。
びっくりしたわっ。
何が起きてるのか分からなかったもの」

それから一方的にやられてしまって、どうしたら良いか分からなくて、動けなかったと言う。

「夏樹は、見た目派手で不良っぽいんですけど、気の優しい子なんです。
空回っちゃう事が多いんですけどね」

初めて夏樹を見たのは、三年前。
まだ夏樹が中学生で、カツアゲされてる友達を高校生相手に助けようとしていた。
その時は、頑張れと見送った。
けれど、その一週間後にまた同じような状況の現場にいるのを見て、首を傾げた。
逃げ足は速いようで、事なきを得ていたが、そんな所を何度も目撃して、興味がわいた。
もう、人助けが体に染み付いているようだ。
それは、高校生になった今も変わらない。

「夏樹の学校で、”警護部”ってのがあるそうなんです。
部員五人の小さな部らしいんですが、学校では伝統ある部で、実際の卒業生達が警官や、SPになってるんですよ」
「素敵ね…」
「誰かを護れる男になるって、出会った時から言ってました」
「今時とても素直な子ね…」

確かに。
あの頃から全くぶれていない素直な子だ。
実は、夏樹の学校と言うのは、同じ星花学園なのだ。
彼は一年生の男の子。
私は二年生。
学園内で会うことはないし、最近まで容姿を偽っていた事と、夏樹の思い込みで、私を大学生だと認識している為、あんなに近くで生活している事を知られてはいない。
知ったらきっと驚くだろう。
怒るかもしれない。

「可愛いわよね。
あんな弟が欲しいわ」
「ええ…本当に…」

弟だったら良いのに…。
戦い方も教えてあげて、立派なボディーガードに育てたいな…。


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