月陰伝(一)
「それにしても、妹のこと気にしてやらなくて良いのか?」
「何を?」
「何を?じゃない。
言っただろ、お前のファンクラブ。
一年生の大半がそうなんだ。
あれだけ聞き回ってたら、一年の中で総スカンをくらうぞ?」
「っ…それを早く言って!!」

屋上から駆け下り、一年棟へと走る。
美輝の気配は教室にある。
どこか沈んだ様な陰鬱な気だ。

「えっ!」
「きゃぁ〜っ」
「うそ〜ぉ」

おかしな声が聞こえるが気にしない。
美輝の教室に辿り着くと、一息ついて、中を覗き見る。

「っおねぇちゃん…っ」

グループになってお弁当を広げている者達の奥で、一人ぽつんと座っている美輝がいた。
ズカズカと教室に入り込み、美輝の前に立つ。

「食事は終わったの?」
「っううん……まだ……」
「なら、それを持っていらっしゃい」

それから近くにいた子達に声を掛ける。

「この子、気分が悪いみたいだから、午後の授業は休むって先生に言っておいてくれる?」
「………っはい………っ」

教室を出て振り返ると、全員がこちらを見て固まっていた。
美輝までがその場で固まったままになっているのに気付き、声を掛ける。

「何してるの、美輝。
早く来なさい」
「っはいっ」

お弁当を手に駆け寄って来た美輝がついてくるのを感じながら、廊下を歩く。
屋上への階段があるのは、特別棟。
一年棟を抜け、一度一階まで下りる。
二年棟の下を通り、特別棟へ。
三階まで上ると、そこで不可視の術が発動する。
その術の術式を読み取って眉根を寄せた。

煉のやつ、美輝を連れてくると知ってたな…。

本当は連れてくるつもりはなかった。
だが、教室で一人になっている美輝を見たら、連れて来ざるをえなかった。
本来この不可視の術は、私と煉夜にのみ適応するよう組まれていた。
だが、今はしっかり美輝も組み込まれている。

「…っおねぇちゃん、ここって…生徒立ち入り禁止じゃぁ……」
「見られなきゃ良いの。
でも、一人で来たり、誰かを連れてきたりしないでね。
今日だけ特別だから」
「…うん…」

屋上の扉を開け、小屋へと向かう。

「おう、来たか。
やっぱ総スカンくらってただろ?」
「っ…っ」
「楽しそうに言うな」
「ははっ、人の愚かさなんて笑うしかないだろ?
高校生と言う中途半端な時期の人間なんて、もっとも腐ってる時期だ。
これほど滑稽な場所はない」
「中学でもくだらんって笑ってなかった?」
「あれは、ガキがそうとは気付かず、ガキである事をアピールしている事を笑ったんだ。
まぁ、どちらも愚かなのには変わりはないがな」

相変わらず、人間を貶めるのが好きなやつだ。
煉夜の場合は、人である自分も愚かな存在だと認めた上のものなのだが、それを知らない者達からすれば、相当傲慢な人間に見えるだろう。
先程から美輝は、入り口で棒立ちになっている。

「おい、そこの愚妹。
さっさと扉を閉めてそっちに座れ。
落ち着かないだろ」

そう言って、お茶を啜る奴が落ち着かないとか言うなっ。


< 39 / 149 >

この作品をシェア

pagetop