月陰伝(一)
「取り合えず、食事を済ませなさい」
「はい…」

座らせ、お弁当をモサモサと食べ始めた美輝に、煉夜がお茶を煎れる。
こう言うのはけっこうマメだ。
世話好きなんだろう。
だが、口は悪い。

「『おねぇちゃん』なんて今まで呼ばなかっただろうに、変わり身が早いな。
さすがは、あの母の娘だ。
嫌いなタイプだな」
「っ…っご…っごめんなさいッ」
「ほぅ、謝るか。
だが、今までの事を水に流せる程の誠意は感じられん。
総スカンをくらった所で、私からすれば自業自得としか思えん。
つい最近まで『あんな根暗な人を姉だなんて、誰にも言えない』とか思ってたんだろ?
結が出てく時も、母親に『その人、出てくの?』って無邪気に聞いてたもんな」

まったく、意地の悪い…。

「っ…本当にっ…ごめんなさいっ…私…っ」
「煉…人の妹を泣かすなよ…」
「いやぁ、あの母親に言えなかった分の鬱憤を晴らそうかと思ってな」
「あの場で叩いた挙げ句に怒鳴り付けた人が何を言う…」
「あんなので満足するわけないだろ。
是非とも不幸のドン底を思い知らせてやりたい所だ。
地獄へおとしても物足りん」

物足りんって…。
この場合の『地獄へおとす』は、”堕とす”ではなく”落とす”だな。
文字どおり”落とす”んだろう…怖いやつだ。
常識外れだ。

煉夜がその気になれば、人の身のまま地獄へ放り込むだろう。
力を持った私達ならばともかく、普通の人間を地獄へと連れて行ったら、一発で気が狂う。

「やめてね。
後が面倒だから」

止めようとする私も、常識からかなりずれた事を言っていることに、気付く人は、残念ながらこの場にはいなかった。

「ふんっ、いじめるのはこのくらいにしてやろう。
それで、愚妹よ。
なぜ結を探していた?
人気者になった結の妹だと自慢したいだけだったなどと言わぬよな」
「っ…ちっ…違いますっ。
お母さんの事で相談したくて…っ」

さっきいじめないと言っただろうに…。

「あんな女の事など気にするだけ無駄だ。
結、この愚妹をさっさと教室へ放ってこい」
「っ………っ…」

煉夜は、言外の事に察しが良い分、ウジウジといつまでもそれを言葉にしない者が嫌いだ。
このままだとイジメぬかれて、更に口に出しにくくなり、またイジメられると言う悪循環が出来上がってしまう。

「はぁ…美輝、はっきり喋りなさい。
聞いてあげるから」
「っ…うん…お母さん、再婚してから夜に良く出掛けるの…。
お父さんがお仕事で帰って来られない日は絶対。
そう言う日は、夕方からソワソワしだして、夕飯が終わると出掛けて行くの。
帰ってくるのは十二時過ぎで、何処に行ってたのって聞くと、お友だちの集まりだって……毎晩本当はあるんだけど、お父さんが居ない日だけは行く事にしてるって…。
でも、毎晩お友だちと遊ぶなんてあり得ないでしょ?」

確かに…。


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