月陰伝(一)
お茶を飲み、それぞれが黒狼や龍泉に触ってみたり、リリィが試作の服を美輝に着せたりしながら、まったりと過ごしていると、煉夜が思い出したように尋ねてきた。

「それで?
お前、最近寝てないだろ。
原因は律の事だけじゃないよな?」
「どう言う事?
おねぇちゃん?」

何でここで聞くかな…。

関係はなくはないので、鈍らない慧眼に溜め息が出る。

「…呼び出しが…ね…」
「「呼び出し?」」

ここで仕事の話をするのはなぁ…。
仕方ない。
まぁ、どうせ分からないだろうしね。

「……最近、闇族が移動してるらしくて…。
それも何かに引き寄せられるように。
そのせいで、土地神達が文句を付けてきたんだ…」
「ほぅ、確かに闇族ならば精霊使いか。
この国にはもう、お前と律だけだからな」

闇族とは地の精霊の一種。
この次元で、動かせられるのは精霊使いくらいだ。
彼らは土地の守り。
土地を清浄にするのが役目だ。
次元によっては、姿や呼び名が変わるらしいが、この次元では、小さな小鬼や小人の姿をしている。
小人の姿をした者達は、妖精とも呼ばれ、主に森や人のあまり住まない土地にいる。
そして、街中や人が多く住む場所にいるのが、小鬼姿の”闇族”。
負の要素を自らの内に吸収して浄化する事から、『闇を喰らう種族』”闇族”と呼ばれている。
”闇族”は本来生まれた土地から離れる事はない。
もう一度、大地に溶けて消えるまで、生涯をその土地で過ごす。

「土地から離れる事がない”闇族”が、その地を離れたなんて事は異例だよ。
土地に精霊王がいれば別だけど、この次元には存在しないし…。
あまりにも土地が腐敗しすぎて消滅する事はあっても、土地から動く事なんてありえない」
「精霊使いが無理に動かす事はあるよな。
土地神がいなくなった時なんかに」
「うん。
でも、それだって次の土地神が決まるまでの間、ほんの少し土地を移動して待ってもらうだけだよ。
この次元の”闇族”は弱いから、長く生まれた土地から離れられないしね」
「なのに移動する…どう言う事だ?」

分からない。
記録にもないから、土地神と対話ができる私しか対処のしようがなかった。

「でも、怪しいのは見つけた」

ものすごい偶然だったけれど…。

「夏樹とこの前会った時…」
「っ?なっ何???」

聞き耳を立てていた全員が夏樹を見る。

「実はあの時、絡まれてる夏樹よりも、被害にあってた女性の方の気配が気になって…」
「気配?」
「あのお姉さん?」
「普通のOLさんだったよ?」

確かに不自然な所はなかった。
けれど…。

「人じゃないみたいだったんだ…。
何だかはっきりしないって言うか…。
人にしては濃すぎるし、人じゃないにしては薄い…みたいな…。
それに、近くに”闇族”の気配があって、気のせいで済ませられそうなくらい微かだったんだけど…」

土地から離れられない闇族が人の傍に好んでいくなんてあり得ないと思ったのだ。

《姫よ。
闇族が惹き付けられるなら、恐らく、そやつは、”神族”だ》
「「「神族?!」」」


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