月陰伝(一)
日も暮れだした頃、律が目を覚ました。

「…ねぇさまぁ…おきたぁ…」
「うん。
熱も下がったね」
「う〜ぅ」

トタトタと駆け寄り、抱きついてくる。
ヨシヨシと小さな頭を撫でていれば、全員の視線が集まった。
それに怯えるように、律がさっと私の後ろへと顔を隠す。
その仕草に笑いながら、煉夜が言った。

「律は、相変わらず甘えん坊だなぁ。
ねぇさまの事、好きか?」
「っはいっ。
ぼくのねぇさまですっ」
「はははっ。
『ぼくの』かっ。
どうする、元妹と弟よ」

そこでなぜ美輝と夏樹に振るかな…。

見れば、二人して同じ様な目でこちらを見つめていた。

「なっなに?」

聞けば、揃って不満そうな顔に変え、口を尖らせた。

「おねぇちゃんは、私のおねぇちゃんでしょ?」
「結姉は、本当だったら、うちに来るはずだったんだろ?
俺も弟だよな?」

?変な主張をするな?

「っくっははっ、モテモテじゃないか、結っ」

この状況の何が面白いんだ?

気付けば、美輝と夏樹の視線は、律に固定されていた。
そして、目を向ければ、本来人見知りの律が、じぃっとテーブルを挟んだ二人を睨み付けていた。

何が起こってるの!?

その様子を見た煉夜が、素晴らしいと手を叩いた。

「その年で嫉妬を知るとはっ。
中々見所がある」
「何がだっ。
律、そんな目しないのっ。
マリュー様みたいな人になるんでしょ?」
「はいっ。
とぅさまみたいに、ねぇさまをあいせるひとになりますっ」
「えっ!?」
「っぶはッこれは傑作だっ。
『愛』かっ。
すごいぞ、律っ。
私が応援してやる」
「はいっ。
がんばりますっ」

何を!?

律の成長を喜ぶべきか、将来の不安を考えるべきか、迷う所だ。
そして茅の外の二人はと言うと、雪仁は、微笑ましそうにこちらを見ているし、刹那は羨ましそうな目で見ている。
訳がわからない。

「っ…?」

その時、不意に嫌な気配を感じた。
次いで、律にギュっと服を掴まれる。

「っねぇさまぁ…こわいのがいるぅ…」
「っ律…っわかるの…?」

気配よりも、律に感心してしまった。
だが、そんな中、すぐに煉夜が立ち上がった。

「私が出る。
また結に手を出されては腹が立つからな」
「煉…っ」

思い出したくもないのにっ。

「どうかしたのかい?」

驚く雪仁を尻目に、刹那が首を傾げて呟いた。

「この感じは、復讐屋か?
レベルが違うような…」

刹那は、こちらに問うような視線を向ける。

「紫藤だよ……。
あの有名人…何しに来たんだか…」
「「紫藤って誰?」」

もはや息がピッタリ合った弟妹が、聞き返す。

「……美輝は好きかもね…。
大きな声を出さないって約束できるなら、見せてあげる」
「出しませんっ」

元気よく片手を上げ、宣誓する美輝に苦笑し、後ろにいる龍泉に声を掛ける。

「龍泉、水鏡を」
《はぁ〜い◎》

龍泉がそれに応え、くわっと口を開けると、私の目の前に、水の球体が現れた。
サッカーボール程の球体は宙に固定され、中の波が治まると、テレビの映像の様に、人の姿が映し出された。

「…っしっ…っ新堂奏司?!」
「こらっ、大きな声を出さないって…」

無理な話か…。

そして、映像の中の紫藤の前に、煉夜が現れた。


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