月陰伝(一)
しばらく歩き、月陰本部の堅牢な門を出ると、マリュヒャの前に出て風を喚んだ。
「風鸞」
それに応えるように高い鳥の声が響いく。
上空で徐々に大きく形を為した風が、実体をもって降り立つ。
その風の巨鳥に飛び乗ると、腕輪から手綱が出現する。
しっかりと固定された事を確認して、身を乗り出した。
「マリュー様」
手を差し出すと、マリュヒャはその手に掴まり、後ろに身軽に飛び乗った。
腕を私の腰に回したのを確かめると、鳥へと声をかける。
「風鸞」
《はい。
お任せください》
フワリと飛び上がり、真っ直ぐにマリュヒャの屋敷に向かって大きく羽ばたいた。
「…結…」
「何ですか?
ちゃんと掴まっててくださいね、マリュー様」
後ろからの控えめな声に、少し振り向きながら応える。
「ああ…いや…もう仕事場ではないぞ」
「はいっ…お父様…」
久しぶりに呼んだので、少し照れ臭い。
マリュヒャは、それに微笑み返して、すぐに眉をよせた。
「それで…お前、何かあったのか?」
「なぜです?
どこかおかしいですか?」
「ああ、気が乱れている。
気の乱れは、精神の揺らぎだ……お前にしては珍しい…いったい何があった?」
相変わらず鋭い人だ。
力を持つ者にとって、気は重要だ。
能力を発動する為に、体には大量の気を巡らせる。
それを乱せば、血流が滞るのと同じで、命に関わる問題となる。
龍族は、水と大気の力を司る一族。
流れには敏感だ。
仕方なく、原因と思われる事を正直に口にした。
「…今日…母に勘当されました…」
「っ何?
なぜそんな事になる?」
「今度、再婚するそうです。
新しい人生には、頭のおかしい娘は邪魔なのでしょう…」
精霊使いとして目覚め、幼い頃はそれとは気付かず、家で精霊達と話をする事があった。
母には見えないそれと話す姿は、確かに正気には見えないかもしれない。
一つ下の妹は、力を持ってはいない為、よっぽど異常に映ったのだろう。
「っ???
ぅっおっお父様っ落ち着いてくださいっ。
気流が乱れるっ」
突然、風鸞がぐらりと揺れた。
「ん?
ああ…すまん…」
背後で膨れ上がった魔力が、スゥっと鎮まっていくのを感じ、ほっと息をつく。
同時に、私の為に怒ってくれるマリュヒャに、何だか嬉しくなる。
すると、巻き付いていた腕に力が込もり、頭のすぐ上から、吐息とともに声が響いた。
「平気な顔をするな。
誤魔化さなくて良い。
辛いなら、辛いと言いなさい」
マリュヒャに背中から包まれるように抱き締められているのだと分かり、驚いた。
普段は、こんな風に愛情を表現する人ではないから尚更だ。
背中の熱から…巻き付いた腕の力から…大丈夫だ、私が居ると伝えているようで、乱れた気が静かに元に戻っていくのを感じた。
「風鸞」
それに応えるように高い鳥の声が響いく。
上空で徐々に大きく形を為した風が、実体をもって降り立つ。
その風の巨鳥に飛び乗ると、腕輪から手綱が出現する。
しっかりと固定された事を確認して、身を乗り出した。
「マリュー様」
手を差し出すと、マリュヒャはその手に掴まり、後ろに身軽に飛び乗った。
腕を私の腰に回したのを確かめると、鳥へと声をかける。
「風鸞」
《はい。
お任せください》
フワリと飛び上がり、真っ直ぐにマリュヒャの屋敷に向かって大きく羽ばたいた。
「…結…」
「何ですか?
ちゃんと掴まっててくださいね、マリュー様」
後ろからの控えめな声に、少し振り向きながら応える。
「ああ…いや…もう仕事場ではないぞ」
「はいっ…お父様…」
久しぶりに呼んだので、少し照れ臭い。
マリュヒャは、それに微笑み返して、すぐに眉をよせた。
「それで…お前、何かあったのか?」
「なぜです?
どこかおかしいですか?」
「ああ、気が乱れている。
気の乱れは、精神の揺らぎだ……お前にしては珍しい…いったい何があった?」
相変わらず鋭い人だ。
力を持つ者にとって、気は重要だ。
能力を発動する為に、体には大量の気を巡らせる。
それを乱せば、血流が滞るのと同じで、命に関わる問題となる。
龍族は、水と大気の力を司る一族。
流れには敏感だ。
仕方なく、原因と思われる事を正直に口にした。
「…今日…母に勘当されました…」
「っ何?
なぜそんな事になる?」
「今度、再婚するそうです。
新しい人生には、頭のおかしい娘は邪魔なのでしょう…」
精霊使いとして目覚め、幼い頃はそれとは気付かず、家で精霊達と話をする事があった。
母には見えないそれと話す姿は、確かに正気には見えないかもしれない。
一つ下の妹は、力を持ってはいない為、よっぽど異常に映ったのだろう。
「っ???
ぅっおっお父様っ落ち着いてくださいっ。
気流が乱れるっ」
突然、風鸞がぐらりと揺れた。
「ん?
ああ…すまん…」
背後で膨れ上がった魔力が、スゥっと鎮まっていくのを感じ、ほっと息をつく。
同時に、私の為に怒ってくれるマリュヒャに、何だか嬉しくなる。
すると、巻き付いていた腕に力が込もり、頭のすぐ上から、吐息とともに声が響いた。
「平気な顔をするな。
誤魔化さなくて良い。
辛いなら、辛いと言いなさい」
マリュヒャに背中から包まれるように抱き締められているのだと分かり、驚いた。
普段は、こんな風に愛情を表現する人ではないから尚更だ。
背中の熱から…巻き付いた腕の力から…大丈夫だ、私が居ると伝えているようで、乱れた気が静かに元に戻っていくのを感じた。