月陰伝(一)
美輝と夏樹の勉強を見てやりながら、煉夜が語る一年前の事件の話を聞くとはなしに聞いていた。
それは、早くも伝説と化した事件なのだ。

「あれから、うざかったよなぁ。
生徒会には推されるし、お前は上手く逃げてたけど…」
「母子家庭だからって理由が使えたからね。
煉みたいに目につく方じゃなかったし」

煉夜の方は、被っていた分厚い猫の皮を脱いだのもあり、歯に衣着せぬ物言いのお嬢様キャラがハマったらしく、一週間もするとファンクラブが出来上がっていた。
そして一年生でありながら、生徒会副会長となった。

「ふんっお前も今に見ていろ。
私と同じ轍を踏ませてくれよう」
「生徒会はパス。
合同祭とか目立つやつにも出る気ないし、煉みたいな事にはならないよ」

面倒ごとは回避するに限る。

「ふっふっふっ、そうはいかん。
来学期の合同祭には必ず出てもらう。
マリュヒャ様に案内済みでな。
楽しみにしているそうだぞ」
「っはいっ?!」

マリュー様が……楽しみにしている?

合同祭は、体育祭と文化祭を合わせた行事で、一日目に体育祭。
二日目から三日間が文化祭となる。
勿論、一日目から全て父兄などの保護者が見ることができるのだが…。

「どうだ?
出ないとは言えまい」
「っくっ……っ」

卑怯なやつ…っ。

「安心しろ。
対応は、教師陣も巻き込んで万全を期す。
ファンの暴走は止めてやる。
何の心配もないぞ」

『はっはっはっ』と笑う煉夜を見て、もはや諦める他ないと溜め息をついた。
どうにか話題を変えようと、気になっていた晴海の事を尋ねた。

「晴兄、今寝込んでるんだ…」

あれから調べたが、あの日案内された”神崎祥子”の部屋は、空き部屋になっていた。
彼女の痕跡はどこにもなく、行方がわからない。

「まぁ、既に寝込んでいるならば近付けまい。
これ以上危険な状態にはならないだろう」
「けど、本当に凄く痩せちゃって…。
お医者に行っても、お薬の出しようがないみたいだし…」
「そりゃぁそうだ、栄養が足りないとかでもないからな。
精神異常の診断を受けるのが妥当だ。
結か私が直接様子を知る事ができれば、治療をしてやれるがな。
だが、気をつけないと、あの母親はもっと深みにはまるかもしれん」
「そうかっ。
確かに、晴兄のあの状態は、取り憑かれた人だ。
まずいじゃんか」

実際にお祓いとかでは、解決できないのだが、すがりたい時には、何にでも都合よくすがるのが人だ。
間違いなく、あれで母は、晴海もどうにかなると思うだろう。

「刹那は何て?」
「刹兄、最近何か悩んでるってか…考えてるみたいで…声をかけづらいんだ…」

悩む…か…。

父親に相談するにしても、異能の事を打ち明けなくては始まらない。
自分自身の事でもある。
未だ、兄弟達にも話せていないのだから、心中は、かなり複雑だろう。

「何か考えがあるのかもしれないけど、辛そうだったら、美輝達から聞いてやってくれる?
何を悩んでるのかって」

私と違って、失ってもいい者達が相手じゃないから、踏ん切りをつけ辛いはずだ。


< 63 / 149 >

この作品をシェア

pagetop