月陰伝(一)
結や、佐紀の傍に居ると思うのだ。

力になりたい…と。
支えになりたい…と。

この想いは日増しに強くなる。
何も言わない佐紀に、改めて目を向ければ、何を言われたのか分からない様子だ。

「…?佐紀さん?…」

やっぱりいきなりおかしかっただろうか。

まじまじとこちらを見つめる視線に気まずさを覚えた。

「…悪い…嬉しかったみたいだ…」

横を向いて、口元を押さえる佐紀は、照れているようで、珍しいリアクションに驚いた。
少し落ち着いて話しでもと、ロビーにあるテーブルについた。
向かい合って座り、佐紀を見れば、いつも通りの隙のない表情に戻っていた。
残念に思い、下を向くと、小さな呟きが聞こえた。

「お前は真っ直ぐだな…」

その言葉を聞き返そうと顔を上げ、口を開きかけた時、不意に佐紀が優しく微笑んだ。

「っ…???」

ビックリした。
こんな表情ができるとは思わなかった。
先程の照れた表情も珍しいのに、こんなにも柔らかい微笑みは、初めて見た。
佐紀のイメージは、いつもポーカーフェイスで、何が起こっても簡単に対処してしまう、”デキル男”だ。
親しい人には、普通だとか、ちょっと抜けてるなんて言われているようだが、そんな素振りを見たことはない。
多分、皆そう言うだろう。
だから、こんな顔を見せた佐紀を見て顔を赤くしてしまったのは、決して惚れたからではないはずだ。

「どうした?
顔が赤いぞ?
あまり寝てないんじゃないのか?」
「っう…っいえっ…っ大丈夫ですっ」

大丈夫っ。
平常心…平常心……。

「結が……いや…」

何かを言いかけて止める佐紀に、この際っと、気になっていた事を相談する事にした。

「結は……っ母親の事、どう思っているんでしょうか…?」

結は、あまり人に関心を向けない。
妹だった美輝も、殆ど会話をした事がないと言っていたくらいだ。
母親とは、まともに顔を合わせた事さえないかもしれない。

「嫌ってはいない」

佐紀の口から出た言葉は、素っ気ないが、きっぱりとしたものだった。

「…佐紀さんは、今回の件の事、聞いていますか…?」
「ああ、だが結は、その組織の事がなくても、きっといずれは、母親と和解をと思っていたはずだ」

本当に?と言いたくなる。
母親を組織から脱退させると言っても、その表情や態度からは、『おかしな組織から母親を救う』ではなく、『今の家族に迷惑を掛けないようにする為に…』とか、『下らない組織を潰すついでに…』とか言う理由が大きいように感じるのだ。
結は昔から、金儲けが目当ての組織と、人の弱みにつけこむ組織が大っ嫌いだ。
だから今回も、嫌いな組織に、自分の元とは言え、身内が引っ掛かったのが許せないのだろうと思うのだ。


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