月陰伝(一)
「あの人間嫌いの瑞樹が選んだ女性だ。
結もそれが分かっているから、見捨てずにはおけない。
勿論、家族であるお前達に、厄が降りかかるのを見ていられないと言うのも本当だろう」

結が生まれてからも、とても幸せそうだった瑞樹。
月陰の中ならば、もっと長く生きられたかもしれない…。
月陰の土地には、強い土地神の加護と、清浄な結界がある。
一族の実験の影響で、気を乱しやすくなった瑞樹にとっては、生命維持に最も適した場所と言えた。
外に出た事と、結が自身と同じ精霊使いの力を持っていた事で、瑞樹は徐々に精神を病んでいった。
もともと病弱だった所に、精神まで病んでしまっては、命に関わる。
何度も戻って来いと説得した。
夫婦仲があまりよくないと分かってからはなおのこと、結の能力訓練の折に触れ、留まらせようと画策した。
けれど瑞樹は帰っていく。
帰りを待ちもしない妻の元へと幼い結を連れて、笑いながら帰っていく。
ついに起き上がれなくなって、入院した病院も、妻が来られるようにと、月陰の病院に移る事を拒否した。
だが、その妻は、最期まで病室に来ることはなかった。

「俺達がどれだけあの母親を責めても、結は一度も母親を責めなかった。
瑞樹がそれを望まないと知っているからだ」

葬儀すら来なかった母親を、一度として非難しなかった。

「そんな母親を、結は愛していると?」

刹那は、信じられないと言うように顔をしかめた。

「愛してはいないかもしれないな。
結は多分、『父が最期まで愛した人』として、母親を見ている」

いつだったか、結が瑞樹の墓の前で言ったのだ。

『いつか、母さんをここに連れてくる。
父さんにはこんな所で寂しい思いをさせちゃうけど……きっと連れてくるから…』

墓は、月陰の土地ではなく、外に用意した。
それは、母親がいつでも訪えるようにする為だ。
病院で、妻を待ち続けた瑞樹を馬鹿だと言う者もいた。
けれど、結は瑞樹の気持ちを想って、あえてそうしたのだ。

「瑞樹が母親を信じていたから、結も信じているんだ。
きっとわかり合える日が来ると……」

結と母親の間には、『異能』と言う壁がある。
人は、只でさえ『違う事』に敏感だ。
わかり合うには、時間が掛かるだろう。

「結の父親は、何で母親に力の事を話さなかったんでしょうか…?」
「……お前は?
家族に話せるか?」
「っ……」

少し前から、刹那はその事で悩んでいるかもしれないと、結から聞いていた。

『刹那は小心者で正直者だから、私が家族に打ち明けた事をきっかけに、黙っていられなくなると思うんだ。
隠し事をしてるみたいで嫌なんだと思う。
けど、これは只の隠し事じゃない。
ただ話せば良い問題じゃないから、きっとタイミングとか、すっごく悩むと思うんだよね。
佐紀の方でも、少し相談に乗ってやってくれる?』

本気で悩みだした刹那を見ながら、結の言葉を思い出し、苦笑する。

「瑞樹も、きっと同じだったんだ」
「?……」

どんな人でも、どの種族でも、想いは同じはずだ。


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