月陰伝(一)
「見つけたッ煉っ。
何やってんのッ。
あんなに仕事が溜まってるなんて聞いてないよッ。
さっさと下りてこいッ」

美輝と夏樹と別れ、学校からの帰り道、煉夜がとんでもない事を思い出した。

「そう言えば、ジジィが昨日から留守にすると言ってな。
夜陰の仕事を全部押し付けて行きやがったんだ。
ユウリに早く帰ると言っておいたのを忘れてた。
お前もちょっと手伝ってくれ」

そんな大事な事を忘れてるなよっ。

煉夜を本部に放り込むと、急いで家に戻って着替え、サリーに本部へ行くと伝える。
出掛けに、また律に捕まってしまったので、少し予定より遅くなってしまった。
ヒューに事情を話して、夜陰の執務室へと赴けば、なぜか噴火寸前の状態の補佐だけがそこにはいた。

「え〜えっと…憂李さん…。
煉を探して来ますっ…」

苦笑いでそれだけ言って逃げ出すのがやっとだった。
先に着いて仕事を始めているかと思えば、なぜ居ないのか…。
憂李のあの態度からすると、早々に逃げ出したんだろう。
確かに、ぱっと見た所、すごい量の書類だった。
とても昨日からの二日分とは言い難い量だ。

サボり癖は、血筋だろうか…。

今日は天気が良いので、高い所に居るだろうと当たりをつけて歩き回っていれば、微かに煉の気を感じ、向かったのは本部から十メートルほど離れた場所にある木の上だった。
呑気に枝に腰掛け、幹に体を預けて本を読んでいる。
流石にイラッとするのは仕方がないだろう。
そして冒頭の第一声である。

「なんだ、もう来たのか」

何なんだその余裕はッ。
憂李さんを怒らせるのは危ないって分かってるだろッッッ。

「っ……煉、とりあえず下りてきて。
さっさと始めるよ…っ」

堪えろ私…。
こんなのいつもの事じゃないか…っ。

「っヨッと。
仕方ない。
憂李が憤死する前に帰るか」
「…縁起でもない…。
それに、既に噴火寸前だったよ?」
「大丈夫だ。
お前が来た時点で、少し鎮静化されてるはずだ。
顔は見せて来たんだろ?」
「うん…。
目が据わってたから、ちゃんと認識されたかどうかは疑問だけど…」
「あいつなら、私とお前がこうして合流したのが気配で分かる。
だから、大丈夫だ」

『何を根拠に?』とは聞けなかった。
煉には何もかもお見通しなのだ。
本部へと戻る途中、おかしなものが目の端に映った。
だが、あえて見なかった事にして、煉夜を執務室まで確実に連れていく事を優先する。

「っ……あっ煉夜様っ結華様っ、サジェス様を見掛けませんでしたか?!」

あっちでもこっちでも……本当にうちの幹部連中ときたら……!!

「何だ?
また逃げられたのか?
やるなぁ、フィル様」
「感心しないっ。
見間違いでなければ、第三訓練場の屋根の上にいたよ…」

あの色合いは間違いないだろう。
ちらっと目の端に映っただけだが、赤い髪に黒い服、光に反射する金の装飾が見えた。

「っありがとうございますッ」

すぐに駆け抜けていくフィリアムの側近に続いて、どこからともなくその部下達が湧いて出て、十数人の人が固まって走っていく様は、壮観だ。

「おもしろそうだなぁ。
フィル様専属の捜索部隊だろ?」
「……気の毒な連中だよ……」

毎日の様に逃走するフィリアムを探し回る彼らの姿は、既に月陰内では名物となっていた。


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