月陰伝(一)

第八章〜それぞれの悩み〜

月陰の中を、こうして結華と並んで歩いていると、まだ結華が幼かった頃の事を思い出す。
出会いは、結華の親友である煉夜よりも先だった。
更に言えば、結華が認識するより前に出会っていた。

『佐紀君、この子が僕の娘だよっ。
ふふっ、可愛いいでしょ?
仲良くしてやってね』

おくるみに包まれてすやすやと眠る結華は、本当に可愛いかった。

『この子は一族の力を継いでしまったから、いずれは正式に、ここで保護してもらわなくてはならなくなる。
気が向いたら様子を見てくれると嬉しいな』

控え目な物言い。
穏やかな表情。

兄のような人だった。
年齢的にもそう変わらない。
自分は魔族の血によって見た目がゆったりと成長していく為、実際年齢が同じくらいでも、他人から見れば年の離れた兄弟、瑞樹が兄で自分が弟の様に見えただろう。

『サキュリア…瑞樹が亡くなった…』

父に連れられて、慌てて向かえば、病室で泣く事もせずに、マリュー様と今後の段取りを話す結華がいた。
まだ生まれて十年。
そんな幼い子どもが、しっかりと最期まで見届けていた。
お墓の前に立つ結華は、必死で独りで立とうとしているようだった。
病院のベッドから起き上がれなくなって二年。
結華は、瑞樹にこれ以上心配をかけまいと、能力が完全に目覚めた事を話す事なく見送った。
煉夜に出会う事で、自分の能力と折り合いを付け、幼いながらも耐える事を知っていた。

『初めまして、バルカン様。
私に、能力の扱い方を教えてください』

そう言って、魔女である母を煉夜と訪ねてきたのが、瑞樹が入院してすぐの事だった。
生きる道を自分で選び取った結華は、凛として美しかった。

『まぁ、可愛らしい子。
わたくしの事は、サミューと呼んでちょうだい?』
『はい、サミュー様』
『っ〜本当に可愛いわぁ。
マリューのところではなくて、うちに来ればよかったのに…』

母の口癖は、『息子なんてつまんなぁい』だった。
マリュー様が結華の後見人となっている事が本気で悔しかったようだ。

『うふふっ、そうだわっ。
サキュリア、あなたが教えてあげて』

その時の含みのある笑顔を俺は忘れない。
だが、母にこう言われた時、『よしっ』と思ったのも事実だ。

『……サキュリア…様。
ご指導よろしくお願いします』
『っ…私の事は佐紀と呼べばいい。
表では、瀬能佐紀で通っているし、こちらでも大抵、佐紀と呼ぶから』
『でしたら、私の事は結と呼んでください』

そのはにかむ様な優しい笑顔は、瑞樹によく似ていた。

守りたいと言う想いが湧いてくる。
傍にいたいと思う。

日々美しく成長していく結華の姿に喜びを感じた。
最初は、瑞樹の代わりにその成長を見守っていこうと思っていた。
だが、知らない内にその想いは形を変える。その想いが恋であると自覚するのに時間はかからなかった。


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