月陰伝(一)
ベッドで横になり、温かい結華の体を抱き締める。
すりよってくる結華に顔がゆるむのは仕方がないと思う。
しかし、次に呟かれた言葉に、すぐに顔を引き締めた。
「何か他にも悩んでる事あるんじゃないの?」
そう聞かれて、ドキリとした。
「紫っ…アイツが気に入らないのは分かってるけど、それだけじゃないでしょ?」
「なんで…」
気付きたくなくて、目を背け続けた悩みを、結華は気付いたようだ。
これだから油断できない。
昔から勘が鋭くて、言外の想いまで読み取られてしまう。
向けられる好意には疎いのに…。
だから、正直に白状する事にした。
「結は、嫌じゃないか?
俺は魔族で…結は人だ。
種族が違う。
生きる長さも、成長の仕方も違う。
不安にならないか?」
魔族の寿命は、個体によって大きく異なる。
父は現在、もうすぐ三千才だと言う。
けれど、まだまだ壮年と言えるだろう。
あの無駄にある行動力と抑えきれない好奇心から考えると、後二千年は生きる。
魔女である母は、エルフと人の混血だ。
今年でニ千二百と少しのはず。
父母が出会ったのが、約千年前。
今でも変わらぬ熱愛っぷりには、少々参っている。
だが、それも先があるからだ。
きっと父母には不安はない。
種族が違ったとしても、生きる時間はそう変わらないだろうし、そうなると価値観も似ている。
しかし、人とそれ以外では、違い過ぎるのだ。
「結と俺では、時間の進みが違う。
人の世界にも俺には隔たりがある。
結には幸せになってほしいんだ。
人は簡単に価値観の違いで距離を作る。
人ではない俺には気付けない事もあるかもしれない…」
紫藤の名前に、あれほど反応したのは、確かにあの夜の暴挙も原因の一つだが、それ以外にも、結華と同じ人である事実に嫉妬したのだ。
人であっても力を持つ紫藤に、結華の隣を奪われる可能性を見た。
結華と同じ時間の中で生きる事のできる男。
それが何より許せなかった。
「ふふっ…」
「?結…?」
突然笑いだした結華に、何が可笑しかったのだろうかと眉を寄せた。
すると、結華が不意に腕を巻き付け、抱きついてきた。
「???っっ!」
過剰なスキンシップは嫌いなんじゃなかっただろうか。
今日の結華は、完全に俺を弄んでいる。
「ふふっ、ホントにバカ。
私が考えてないと思ったの?
佐紀が魔族だって、龍族だって、何だって構わない。
大体、人である煉のじぃさまだって、もう何千年と生きてるんだよ?
私にできないはずないじゃない」
「っ…???あっ!」
本当だっ。
あの人は人だったっ!
「それに、種族なんて気にした事ないよ?
ここには小さい頃から出入りしてるんだもの。
価値観とかはね、環境が重要だと思うんだ。
ここにいる事の方が長かった私に、佐紀と違う環境で育ったと言える?
大体、『価値観の相違で…』なんて、只の口実だよ?
そう言うのを理解して、歩み寄ったり、粉砕したりするのが恋人や夫婦でしょ?
あんなのただの甘えだよ」
「そ…そうか…」
言えるのは、結華は俺が思っていた程、子どもではなかったと言う事だ。
何よりも、長年悩み続けてきた悩みが、これを聞いて、ものすごく小さな悩みだったのではないかと思い至った。
あっさりと俺の悩みを晴らした結華は、『何だ、そんな事かぁ』と呟いて、あっと言う間に眠ってしまった。
俺は、滅多にない抱きつかれた体勢のまま、落ち着かない想いを抱えて、強引に目を閉じた。
程なく、疲れていた体は正直なもので、ゆっくりと眠りについていった。
すりよってくる結華に顔がゆるむのは仕方がないと思う。
しかし、次に呟かれた言葉に、すぐに顔を引き締めた。
「何か他にも悩んでる事あるんじゃないの?」
そう聞かれて、ドキリとした。
「紫っ…アイツが気に入らないのは分かってるけど、それだけじゃないでしょ?」
「なんで…」
気付きたくなくて、目を背け続けた悩みを、結華は気付いたようだ。
これだから油断できない。
昔から勘が鋭くて、言外の想いまで読み取られてしまう。
向けられる好意には疎いのに…。
だから、正直に白状する事にした。
「結は、嫌じゃないか?
俺は魔族で…結は人だ。
種族が違う。
生きる長さも、成長の仕方も違う。
不安にならないか?」
魔族の寿命は、個体によって大きく異なる。
父は現在、もうすぐ三千才だと言う。
けれど、まだまだ壮年と言えるだろう。
あの無駄にある行動力と抑えきれない好奇心から考えると、後二千年は生きる。
魔女である母は、エルフと人の混血だ。
今年でニ千二百と少しのはず。
父母が出会ったのが、約千年前。
今でも変わらぬ熱愛っぷりには、少々参っている。
だが、それも先があるからだ。
きっと父母には不安はない。
種族が違ったとしても、生きる時間はそう変わらないだろうし、そうなると価値観も似ている。
しかし、人とそれ以外では、違い過ぎるのだ。
「結と俺では、時間の進みが違う。
人の世界にも俺には隔たりがある。
結には幸せになってほしいんだ。
人は簡単に価値観の違いで距離を作る。
人ではない俺には気付けない事もあるかもしれない…」
紫藤の名前に、あれほど反応したのは、確かにあの夜の暴挙も原因の一つだが、それ以外にも、結華と同じ人である事実に嫉妬したのだ。
人であっても力を持つ紫藤に、結華の隣を奪われる可能性を見た。
結華と同じ時間の中で生きる事のできる男。
それが何より許せなかった。
「ふふっ…」
「?結…?」
突然笑いだした結華に、何が可笑しかったのだろうかと眉を寄せた。
すると、結華が不意に腕を巻き付け、抱きついてきた。
「???っっ!」
過剰なスキンシップは嫌いなんじゃなかっただろうか。
今日の結華は、完全に俺を弄んでいる。
「ふふっ、ホントにバカ。
私が考えてないと思ったの?
佐紀が魔族だって、龍族だって、何だって構わない。
大体、人である煉のじぃさまだって、もう何千年と生きてるんだよ?
私にできないはずないじゃない」
「っ…???あっ!」
本当だっ。
あの人は人だったっ!
「それに、種族なんて気にした事ないよ?
ここには小さい頃から出入りしてるんだもの。
価値観とかはね、環境が重要だと思うんだ。
ここにいる事の方が長かった私に、佐紀と違う環境で育ったと言える?
大体、『価値観の相違で…』なんて、只の口実だよ?
そう言うのを理解して、歩み寄ったり、粉砕したりするのが恋人や夫婦でしょ?
あんなのただの甘えだよ」
「そ…そうか…」
言えるのは、結華は俺が思っていた程、子どもではなかったと言う事だ。
何よりも、長年悩み続けてきた悩みが、これを聞いて、ものすごく小さな悩みだったのではないかと思い至った。
あっさりと俺の悩みを晴らした結華は、『何だ、そんな事かぁ』と呟いて、あっと言う間に眠ってしまった。
俺は、滅多にない抱きつかれた体勢のまま、落ち着かない想いを抱えて、強引に目を閉じた。
程なく、疲れていた体は正直なもので、ゆっくりと眠りについていった。