月陰伝(一)
その日、突然マリュヒャが出張から戻ってきた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「お帰りなさい…?」
「ああ…」
マリュヒャは、疲れた顔をして、何も目に入らないと言う様に、何かをしきりに考えながら、部屋へと向かっていく。
こちらにちらりとも視線をくれなかった。
「旦那様…?」
「……マリュー様……?」
サリーも、常には考えられない態度に、首をかしげていた。
だが、そこは長年仕えてきた家令。
すぐに頭を切り替えて、仕事に戻っていった。
私はと言えば、追いかけるべきかどうか迷っていた。
母の事、妹達の事、色々と話さなくてはいけないものがある。
けれど、その疲れの見える背中を、無理に呼び止める事はできない。
階段を上りきり、壁の向こうへと吸いこまれていく姿を、ただ見送る事しかできなかった。
「ねぇさまぁ、とぅさまは?」
「お疲れみたいだから、今日は姉様と寝ようか?」
「はいっ」
素直に喜んで飛び付いてくる律を抱き止め、自室へと向かう途中、不安が胸を過った。
時代によって対応が異なってくる国の問題である月光と違って、今回マリュヒャが関わっているのは異能や他種族の問題である夜陰の方の仕事だと聞いた。
反乱や暴走など、突出した騒動が多いが、対応の仕方は、そう悩むものではない。
その上、マリュヒャは、何千年と生きてきた。
知識、判断力、行動力、全てが卓越したものだ。
だからこそ、周りが殆ど目に入らない程、思案する姿を今まで見たことがない。
明日ヒューにそれとなく聞いてみよう…。
そう結論づけて、早々に休んだ。
しかし、次の朝早く、またマリュヒャが仕事で出掛けたと聞き、驚いた。
私や律に何も告げずに出掛けた事に、少なからず動揺した。
「ご心配には及びません、お嬢様。
旦那様は、ちゃんとお嬢様を想っていらっしゃいますから」
「それはあまり気にしてはいませんが……危ない事でないと良いのだけど…」
「……」
大丈夫だろうか…。
誰が付き添っているのだろう…。
勿論、マリュヒャなら、どんな状況であっても、誰が相手でも失敗する事も負ける事もない。
しかし、それが分かっていても、心配だった。
特務の長であるにもかかわらず、何も知らされていない事に不安を覚えた。
大変な仕事だと言うなら、なぜ連れていってくれないのか。
私では力にならないのだろうか。
何が起こっているのかが知りたい。
「サリーさん。
マリュー様がどこに向かわれたのか知っていますか?」
「ヴァチカンだと仰っておいででしたが…」
ヴァチカン…?
少し調べてみよう。
どのみち、神族についての情報が欲しかった所だ。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「お帰りなさい…?」
「ああ…」
マリュヒャは、疲れた顔をして、何も目に入らないと言う様に、何かをしきりに考えながら、部屋へと向かっていく。
こちらにちらりとも視線をくれなかった。
「旦那様…?」
「……マリュー様……?」
サリーも、常には考えられない態度に、首をかしげていた。
だが、そこは長年仕えてきた家令。
すぐに頭を切り替えて、仕事に戻っていった。
私はと言えば、追いかけるべきかどうか迷っていた。
母の事、妹達の事、色々と話さなくてはいけないものがある。
けれど、その疲れの見える背中を、無理に呼び止める事はできない。
階段を上りきり、壁の向こうへと吸いこまれていく姿を、ただ見送る事しかできなかった。
「ねぇさまぁ、とぅさまは?」
「お疲れみたいだから、今日は姉様と寝ようか?」
「はいっ」
素直に喜んで飛び付いてくる律を抱き止め、自室へと向かう途中、不安が胸を過った。
時代によって対応が異なってくる国の問題である月光と違って、今回マリュヒャが関わっているのは異能や他種族の問題である夜陰の方の仕事だと聞いた。
反乱や暴走など、突出した騒動が多いが、対応の仕方は、そう悩むものではない。
その上、マリュヒャは、何千年と生きてきた。
知識、判断力、行動力、全てが卓越したものだ。
だからこそ、周りが殆ど目に入らない程、思案する姿を今まで見たことがない。
明日ヒューにそれとなく聞いてみよう…。
そう結論づけて、早々に休んだ。
しかし、次の朝早く、またマリュヒャが仕事で出掛けたと聞き、驚いた。
私や律に何も告げずに出掛けた事に、少なからず動揺した。
「ご心配には及びません、お嬢様。
旦那様は、ちゃんとお嬢様を想っていらっしゃいますから」
「それはあまり気にしてはいませんが……危ない事でないと良いのだけど…」
「……」
大丈夫だろうか…。
誰が付き添っているのだろう…。
勿論、マリュヒャなら、どんな状況であっても、誰が相手でも失敗する事も負ける事もない。
しかし、それが分かっていても、心配だった。
特務の長であるにもかかわらず、何も知らされていない事に不安を覚えた。
大変な仕事だと言うなら、なぜ連れていってくれないのか。
私では力にならないのだろうか。
何が起こっているのかが知りたい。
「サリーさん。
マリュー様がどこに向かわれたのか知っていますか?」
「ヴァチカンだと仰っておいででしたが…」
ヴァチカン…?
少し調べてみよう。
どのみち、神族についての情報が欲しかった所だ。