月陰伝(一)
偶然だろうか。
ここにきて、神族の創った魔具が暴走する事件が起きていると言う。
あの女性。
あの神族の女性が原因だろうか。
それとも他にも…?

「フィル様。
神族が入り込んでいる場合、感知する事は可能でしょうか」
「無理だな。
前例がない。
気配を探るにしても、知らないものを……いや、逆にそれを利用するか…」

なぜ入り込んだかは後だ。
まずは位置と、数を把握しなくては…。

「やってみよう」

すっと立ち上がったフィリアムは、こちらに手を差しのべる。
反射的にその手を取って立ち上がる。
フィリアムは、私が敷いていた上着を掴み、手を引いたまま資料室を出た。
こう言う時の行動力は凄いと思う。
大股で歩いていくフィリアムに、半ば引きずられながら、どこに行くのか聞きそびれていた。
口を開きかけたその時、痛切な声が廊下に響いた。

「っサジェス様ッ」
「見つけましたよっ」
「お待ちくださいっ」

後ろからフィリアム捜索隊が追ってきたが、本人は振り返る気はないようだ。

「「「サジェス様っ」」」
「煩いっ、俺は今忙しいっ」

いやっ…忙しいって…。
大体、何処に向かっているんだ?

「っフィル様っ、何処に行くんですっ?」
「情報部だっ。
……結華っ」
「っはい?…っ!」

珍しく名前を呼ばれて動揺した。
いつもは『お姫さま』とか『姫』とか呼ぶので、まともに名前を呼ばれた事がない。
こうして呼ばれた場合、その後に続くのは…嫌な予感しかしない…。

「行くぞっ」
「っあっえぇ〜っ!!」

ぐいっと引き寄せられたと思ったら、ふわりと体が浮いた。
気付いた時には、フィリアムの顔がすぐ近くにあって驚いた。

これって姫だっこ?!
いやぁ〜っ!!
恥ずかしいっ!!

驚いたのは、私だけではなかったようだ。

「サジェス様!?」
「「「真紅様っっっ!」」」

恥ずかしいが、それ以上に、廊下を私を抱えたまま疾走するフィリアムの速度に驚いた。
振り落とされないように、思わずフィリアムの首に腕を回してしまった程だ。
だからその時、フィリアムが嬉しそうに笑っていた事に気づかなかった。

「姫は軽いなぁ。
もっと太らないと、元気な子どもを産めないぞ?」
「っっっ!!」

知るかっっ!!
こんな所、佐紀かマリュー様に見られたらっ!!
っ絶対に面倒な事になるっ!

けれど、どうする事もできないのも事実だ。
情報部に辿り着く頃には、捜索隊の声が聞こえなくなっていた。
代わりに情報部の者達が驚いたような声を出したが、あえて隠れるように顔を伏せた。

「ターナはどこだ?」
「っ……いっ一番ラボです…」

そうかと言って進んでいくフィリアムは、まだ私を抱いたままだ。

「フィル様、下ろしてください」
「?このままで良いだろ?
うちの姫をこんな所に下ろせるか」

確かにガラクタやコードが床を埋め尽くす勢いで散らばってはいるが…。

「恥ずかしいんですが…」
「俺は恥ずかしくない」

それはそうかもしれませんね…。

「入るぞ」

ラボの中には、眩しいくらいのモニターが壁一面を埋めつくし、わけのわからない機械がごった返していた。

「…お姫さま…嫌そうっスよ?」
「そうか?
可愛かろう?」
「…ファリア様が知ったら、怒るっスよ?」
「アイツにばっかり独占させるかっ。
姫は、近々うちの姫になるんだ」
「息子サンはもっと先の予定だと思うんスよねぇ〜」

うん。
取り合えず、下ろしてっ!!


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