月陰伝(一)
配置は完了した。

結界で、両側を固めた道に、黒い竜巻が入ってくる。
それを迎え撃つように立ち、メンバーに声を掛ける。
中に入る者は、全員”人”ではない者を選出した。
それもあり、これまで幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたベテランばかりだ。

「準備は良いか?」
「はいっ。
展開します」

四角い箱の様な結界が、張られる。
強固な結界を創る事のできるエルフ族の女だ。
細かい調整やアレンジをする事ができる実力者である。

「展開完了」

飛ばされないように、地面深くまで展開された結界は、上部も高く張られている。
これは特殊な結界だ。

「入ります。
五秒前…四…三…二…一っ」

黒い竜巻にびくともしない結界に、一先ず安心する。
ゆっくりと飲み込まれ、中心部へと到達した。

「前進開始」
「「はいっ」」

狼族の二人が、前方の結界に手を突いた。
そして、竜巻の速度に合わせて結界ごと前進していく。
それについて行くように歩きながら、ウィナが上空に浮かぶ光の玉の解読に掛かった。

「……ターナの見立ては正しいみたいね。
対象は”人”それも魂の質で選別してる。
魔力の高い、素質ある者なら大丈夫かもしれないわ。
それと、”人の念”人が手掛けた物も対象になってる。
愛情持って育てた犬とか家畜も対象にされるわ」

これで、もしも結界の中に黒い粒子が入って来ても、我々は消滅の対象にはならないと言う事がはっきりした。

「黒い竜巻によって消滅、吸収した”人”や”物”の構成要素をエネルギーに変換して動いているのね。
この黒い風自体が、今まで吸収してきたものの粒子だわ」

確かに、始めの報告では、これ程の規模ではなかった。
消えた沢山の命や村が粒子となって集まっているのかと思うと、やるせない。

「う〜ん……どのみち外からは無理だったかもしれないわね。
魔術防衛の術式が見えるわ。
Sクラスで風の壁を突破しても、力をかなり削られるから、到達しても傷一つつかないわね。
ここから直接、最高ランクの魔術で破壊するのが唯一の策だわ」

そう言って目で合図してくるウィナに頷き、告げる。

「術の詠唱に入る。
完成と同時に、上部の結界を解除しろ。
ウィナ、彼女に合図を頼む」
「オッケー。
どんな術でも大丈夫よ」

最高ランクのトリプルSクラスの魔術となると、普通では知ることができない。
知ったとしても、魔力や素質がなければ発動しない上に、使える機会はないので、ほとんどの者が知らないのは当たり前だ。
完成のタイミングをこの場で説明できるのは、ウィナだけだった。

「ではいくぞ」

詠唱を始める。
魔力を高めながら、ゆっくりと両手を掲げ、頭上に魔方陣を刻んでいく。
最終節に入り、魔方陣が一際光輝く。

「今よっ」

上部の結界が消えたと同時に、魔方陣の中心から、光の矢が放たれた。
真っ直ぐに過たず光の玉に突き刺さった。

「やったわっ」

みる間にひびが入り、細かい線を刻んでいく。
これで終わりだと、肩の力を抜いていれば、突然声が響いた。

『っお父様っ。
結界をっ!』

結華の声だと認識する前に、反射的に結界ごと囲む規模の結界を展開していた。
そして、ついに割れた玉が散ると同時に、吹き返しのように竜巻が一気に膨張し、弾けた。


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