月陰伝(一)
結界に、物凄い圧力を感じた。
エネルギーとして集まっていたものが消えたのだ。
これくらいの力があって当然だったと言える。
周りを囲んでいた者達は無事だっただろうか。
そう思い、ぐるりと見回せば、全ての結界が消滅していた。
道をつくっていた者達がいない。

「っっ……っ」

今ので風に触れて消滅してしまったのだろうか。
茫然と立ち尽くしていれば、突然上空から聞こえてきた声に上を見上げた。

《まりゅうさまぁ〜》

そこには、小さな子どもの姿をとった龍泉が空中で遊びを楽しんでいるように、手を広げて笑っていた。
周りには、いくつものシャボン玉の様な球体が浮いている。

《ひめしゃまにいわれたこと、ちゃんとできまちたよっ》

自信満々に腰に手をあててふんぞり返る姿は、何とも可愛らしい。
どうやら、魔具が消滅すると同時に、全員を球体の結界で守ったらしい。

「そうか。
よくやってくれたな、泉。
結華がお前をここへ?」
《はいっ。
たつまきがきえそうになったら、みんなをおそらににがしてやってっていわれたんでしゅ。
わたちにしかできないんでしゅってっ。
ひめしゃま、ほめてくれましゅかね?
かんぺきでちたよっ》

舌足らずな言葉で一生懸命説明する姿を見ていると、頭を撫でてやりたくなる。

「助かった。
後で甘い菓子でもやろう」
《ほんとでしゅか?!
わぁい。
あっ、わしゅれてまちたっ。
でんごんがあったでしゅ》

律よりも小さい体を、空中から抱き下ろすと、ゆっくりと全てのシャボン玉が降下し、割れる。
中から、一人ずつ胸を撫で下ろしながら出てくるのを横目で捉えながら、伝言を聞く。
龍泉は、『いきますよっ』と手を挙げて宣誓するように話し出した。

《『きょうはもうおかえりくだしゃい。
ほうこくや、あとかたづけはあしたにちて、みんなもはやくやすませてやってくだしゃい。
おやしきでりつとまっています』でしゅっ》
「わかった。
お菓子は土産にして、今日は帰ろう」

待っている子ども達の顔を早く見たい。

「……マリューって…笑えたのね…。
子ども好きとは意外だったわ…」

後ろに屈んでこちらを見上げるウィナは、本当に珍しいものを見たと言うように、抱えた膝に肘を突き、顔を乗せた状態でまじまじとこちらを見ていた。
他にも幾つもの視線を感じる。

「孫を溺愛するおじぃちゃんみたいよ?」
「………」

っくっ言い返せない…。
可愛がって何が悪いっ。

他の者も同じように、信じられないものを見たと言う様子でこちらを見ていた。
そして、程なくして幻を振り払うように頭を振り、一人また一人と、現実に戻っていくのだった。


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