月陰伝(一)
作戦は上手くいったようだ。
保険として龍泉を転移魔術で送ったが、それも間に合った。

「さっすがお姫さまっ。
みんな無事みたいっスね」
「うん。
そっちはどう?」
「タイミングもバッチリだったんで、一欠片も無駄にしてないっスよっ」
「…まったくお前達は…あのマリューやウィナに気付かれないとは、畏れ入ったぞ」

生き生きと話す私とターナを見て、フィリアムは呆れているようだ。
その時、龍泉と一緒に送ったものが帰ってきた。

「よ〜しっ、あ〜ぁココにね〜」

ターナが嬉々として台の上へと、龍泉のシャボン玉のような丸い結界を運ぶ数匹の黒い蝶を誘導する。
台の上に置いた四角いトレイの中央に下ろされた丸い結界の上部には、大粒のエメラルドのブローチがくっついていた。
それに触れて、術式をキャンセルすると、結界が消え、ジャラジャラと音が鳴った。

「便利っスねぇ。
触れた物を閉じ込めるものなんスか?」

手の中のブローチを覗き込むターナに、よく見えるように手渡してやる。

「護身用に試作で作ったやつなんだ。
理想としては、着けた者に与えられる危害や攻撃性のものを防御するって感じにしたいんだけど、今の段階だと、衝撃を受けた時点で、その衝撃を結界によって留める程度の性能しかないんだよね」
「なるほどなるほどぉ。
実現したら、ボディガード代わりになるっスね」
「でしょ?」

うふふっ、今は中々研究が進まないけど、必ず完成させるっ。
そうしたら、まずマリュー様に渡すでしょ?
それから、律に渡して〜。
うんっ佐紀にもねっ。

「これ、一枚噛ましてくださいよっ。
これなら、自動障壁も可能になるっスよねっ」
「うんっ。
そしたら、防衛がもっと楽になるねっ」
「そうっスねっ。
貴重品の防犯にも使えるっス」
「あ〜っそれならっ、細かい制御も可能にしなきゃ……っ」
「結華、結華」
「何ですか?
フィル様」

盛り上がる一方の様子に、フィリアムが堪らず止めに入った。

「いいのか?
食事を作るんだろ?」
「っあっ」

そうだった。

その時突然、乱暴にドアを叩く音が響いた。

「はいはいはいっ、なんっスか?」
「結華っ無事か?!」

飛び込むように入って来たのは、佐紀とフィリアムの捜索隊だった。

「どうしたの?」
「どうしたじゃないっ。
父上っ結華を拉致しないでくださいッ」

拉致?
あ〜あのお姫様だっこで爆走が不味かったのか……。

「ごめんね。
大丈夫だよ。
みんなも、心配してくれてありがとう。
フィル様、お迎えが来ましたし、仕事に戻ってください」
「え〜〜っ」

え〜〜っじゃないっ。
これじゃぁ、遊びたりない子どもみたいだ。

「父上」
「ちっ」
「フィリィ…大人げないっスよ…」

まぁ、でも今日は、協力してもらったしね。

「フィル様、今日分の仕事が終わったら、屋敷にどうぞ。
お夕食、サミュー様も呼んで一緒にどうですか?
勿論、佐紀もね」

どうせ、マリュヒャは、すぐには帰って来ない。
あれだけ言っても、後片付けや明日以降の段取りをつけてからじゃないと帰宅しないだろう。
夕食までには、まだ時間がある。
一仕事には良い時間だ。

「さぁ、何をグズグズしている?お前達。
さっさと仕事を終わらせるぞっ」

そう言って、フィリアムは自分だけ颯爽と外へと出て行った。
茫然と立ち尽くした捜索隊は、置いてきぼりだ。

「ほら、フィル様のやる気がある内にっ」

そう追い立ててやれば、慌てて捜索隊が駆け抜けていった。
その後に続いて、自身も屋敷へ戻る為に出口に向かう。
ラボを出る直前に、振り返ってターナに告げる事を忘れない。

「じゃぁ、ターナ、後はよろしく。
報告書出しておいてね」
「…苦手なんスよねぇ〜。
でも仕方ないっスね。
了解っス」


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