月陰伝(一)
中に通され、広いリビングに案内された。
そこに、不安な顔で待っていたのは、母だった。

「…結華……」

か細い声で、名を呟くのが聞こえたが、あえて声は掛けなかった。

「さぁっ、結華ちゃん、座って、座って。
煉夜ちゃんもね」

促され、座ろうとソファーに目を向けると、その後ろに倒れている刹那を発見した。

「…刹那…?」
《っちょっと、刹那っ、しっかりなさいなっまったくっ、だらしないんだからっ》
「っうっ……シャル…っ結華…?」
《あれくらいで力尽きるなんてっ、前途多難だわぁ…》

のそりと起き上がった刹那は、疲労の色が濃い。

「シャルル、程ほどにしないと…」
「そうだぞ、シャル。
いざと言うときに使い物にならんのでは、生ゴミ以っ…」

そこで煉夜の口を塞ぐ。

「っシャルル、何事もやり過ぎは良くない」

これ以上落ち込ませてどうするっ。

手をどけてやると、不満そうな顔になっていたが、そこは目で訴えておく。

《…紅の姫がそう言うならぁ…》
「っ結っっ〜」

そんな顔しないっ。
まったく困った子達だ。

ようやく落ち着いて腰を下ろすと、雪仁がお茶を持って現れた。

「いらっしゃい、結ちゃん。
それと、煉夜さん。
ほらっ兄さん、しゃんとしてください。
美輝ちゃんはどこに座る?」
「おねぇちゃんの隣っ」
「っおっ俺もっ」
「ははっ困った子達だねぇ。
シャルルちゃんのは、ココに置くね」
《はぁ〜い》

物凄い順応力だ…。

「すごいなシャルル。
主人よりも家族に溶け込んでいるではないか」
《ふふっ当然よぉ》

偉そうな言い方だが、その小さな妖精の姿を見ると、赦せてしまうのは不思議だ。

「では、改めて。
僕は、神城明人。
よろしく頼むよ」
「はい。
真紅結華です。
はじめまして」
「真紅?
それが、今の名字かい?」
「いえ。
真紅は、仕事でも使っている亡くなった父の旧姓です。
戸籍上は、ユイカ・ラド・ファリアです」

マリュヒャは、真紅で通して構わないと言っていた。
月陰の中で、養子縁組をしても、旧姓のままで通す者がほとんどだ。

「ん?
ファリアって…まさか月陰会の総統の!?」
「はい」
「「「総統!?」」」

あれ?
美輝達にも言ってなかったっけ?

「ファリア様って言ったらっ、龍族の長も努められた経験があって、月陰会の発足当時から、幹部として数々の実績を残された方じゃないかっ」

ご説明ありがとうございます。

昔から、マリュヒャのファンは多いのだが、実際に会うのは久しぶりだ。
どうも、実業家の間では、”伝説の人”なのだとか。

「っ今度合わせてっ」
「はぁ…機会がありましたら…」

そろそろ本題に入りたいのですが…?


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