月陰伝(一)
それではと言う事で、本題に入る。

「妃さん、ほら。
ちゃんと言うんだろ?」
「えっ…ええ…」

一向に合わない目線に、苦笑してしまう。
そして、ふと何かが引っ掛かった。

「っやっぱり…っダメなのよっ。
どうしてもっ…」
「妃さん?
昨日も話をしたじゃないか。
確かに、結華ちゃんを前にすると、話せなくなるとは言っていたけど……」
「話せなくなる?」

煉夜も何かを感じたのだろうか?
見た感じ、シャルルを相手にしても、問題はなさそうだった。

「いやっっできないっ。
受け入れられないのっ。
どうしてもっ、ちゃんと見られないっ。
っだって、見たらきっとっ…」
「…お母さん…」
「どう言う事だ?」

煉夜が、明人に問いかける。

「妃さんが言うには、結華ちゃんを見ると……その…嫌な気分になるんだとかで…。
言いたくない事まで言ってしまうらしいんだ…。
養子の話も、嫌なのに断る事ができなかったって……心にもない事を言ったとか…よくわからないんだよ…」

改めて、母を見た。
こんなにじっくり見た事は、かつてなかったかもしれない。
お互い、目を合わせないようにしていたからだが…。
うつむいた母の肩は、震えていた。
そして、さっきから感じていた違和感の正体に唐突に気付いた。
立ち上がり、母の前に立つ。

「結?」
「おねぇちゃん?」

皆の視線が集中するのがわかるが、気にしていられない。
母に手をかざし、術式を組み上げる。

「っ結?!」

魔力の気配に気付いてか、刹那が慌てて腰を浮かせた。
だが、すぐに煉夜に制された。

「待て、動くなっ。
あの術式は、おそらく術の解体だ。
あの女、何らかの術が掛けられている」

組み上げた術式によって、現れたのは、心理操作の術が組み込まれたものだが、今まで見た事のない組み方をしてある。
一つ一つ解読し、消去していく。
かなりの時間がかかった。
全てが消えた時、思わず大きく息をついていた。

《…さすがだわ〜ぁ。
あんな複雑な術式、解読するだけでも普通、かなりの時間がかかるのに。
速読、速解なんてできるの、紅の姫と”時の”魔術師様くらいよ》

さすがに疲れた。

「結、座れ。
それにしても、よく気付いたな」

ゆっくりと腰を下ろし、勧められたお茶を飲む。
ほっと息をついて、母を見た。

「今まで気付かなかったよ。
相当前に仕掛けられてたみたい。
つい最近似たような術式を見たから気付けたんだと思う」

母が、恐る恐るこちらを見た。

《もう大丈夫よ。
紅の姫が術を解いてくれたから。
今なら話せるんじゃない?》
「妃さん…」
「……っ…ごめんなさい…っ結華っ…っ」

突然泣き出した母に、目を丸くする。

「っ大好きよっ。
っ何で私っ…っ何でっ…」
「…お母さん…大丈夫…?」

美紀が、心配そうに寄っていく。
すると、母がすがるように抱き締めた。

「っ美輝……っごめんねっ私がちゃんとしなかったからっ…本当ならずっと姉妹でいられたのにっ。
もっと早くこうやってっ……」

落ち着くまで待とう。
時間はある。


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