月陰伝(一)
ずっと心を締め付けていたものが取り除かれたように感じた。
結華を見ると、どうしても苦しくて、気分が悪くなるからイライラしてしまう。
すると、決まって気が遠退く。
一歩引いた所で自分の言葉を聞く。

違うのっ。
こんな事が言いたいんじゃないっ。
嫌よっ。
また離れてしまうっ。
私の結華から、瑞樹さんからっ。

結華と瑞樹さんの事を考えると、頭が痛くなって、次第に距離を置かずにはいられなくなった。
あれはいつからだっただろう。
結華が産まれてしばらくしてからだ。
瑞樹と出会った船。
その事故で一緒になった人達と再会した時からおかしくなった。

「…事故で、精神的なショックからか、その人達の家族が幻覚を見たり、突然騒ぎ出したりするんだって相談されたの…。
それで、そんな人達を救ってくれる会があるから、一緒に行ってほしいって言われて…」
「それが薬を使う怪しげな宗教組織だな」

その会の名は”神威”。
助けてくれない神の代わりに、救ってくれる場所。

「ええ…その頃の私は、結華にばっかり構う瑞樹さんに、ちょっと不安だったの…。
瑞樹さんは、何かをずっと悩んでるみたいで…でも聞きにくくって…だからそこで相談しちゃったの…」

写真の裏に呪いをすれば、相手が何を思っているか分かると言われて、半信半疑でも、飛び付いた。
そして、聞こえるようになったのだ。

「瑞樹さんは、私になんか話をしても仕方ないって……。
結華は、こんな母親いないほうがましだって……そう言ってるように聞こえたのよ…っ」

そんな事、思うわけないって今なら分かるのに、その時はそれが全てだった。

「妃さん、その呪いの写真は今何処に?」
「ここにあるわ…」

いつも離さず持っていた。
今日も、結華の声が聞こえるんじゃないかと思ったから…。
折り畳まれた写真を机の上に置くと、結華が手に取って広げた。
裏に書かれた呪いを真剣な顔で見ている。
そして、ようやく私は、娘の顔を見た。
ずっと、顔を見ないようにしていた。
目線を常に首から下に下げて、こんな風に顔を見たのはきっと初めてだ。
そう思ったら、また涙が溢れた。
もっと見ていたいのに、霞んで見えない。

「これが原因だと思う。
もう力はないと思うけど…っ母さんっ?」
「っ妃さんっ…」

っ今…っ。

「…っ母さんって……っうっ…」

もう呼んでくれないだろうと思っていた。

「っ母さんって呼んでくれるの…?
私っ……瑞樹さんのお葬式もあげなかった…っあなたにも何も…っ」

母親らしい事を何一つしてこなかった。
瑞樹さんとは、恐くて会えなくなった。
亡くなったと聞いた時も、頭が痛くて何も考えられなかった。
何日も結華が居なくても、気にさえしなかった。
食事だって、一緒にした記憶がない。
一つ一つ、思い出そうとすればするほど、愕然とした。

私は何て事をっ…。


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