天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠

「どうしてここにいるんだよ!」

「つけてきたんじゃないからストーカー呼ばわりはやめてね。チョークを取りに来たの」


 ほら、と示して見せたのは確かに白と赤のチョークの束だった。
 こぼれるような喜色を浮かべて、橘は自らの頬に手を当てた。


「それにしても、こんなところで偶然井之口くんに会えるなんて、やっぱりわたしたちは運命の赤い糸で結ばれているのね」

「ぎゃー、抱きつくな!
 だいたい運命ってなんだ、ここには笹原もいるんだって!」

「今ここにこうして二人でいることが神さまのお導きってことよ。ふふ、うれしい。
 井之口くんもうれしいでしょ?」

「うれしかねぇよっ!」


 やりとりは自然、小声になる。このときも抑えた声のまま本音を吐き出すと、



「―――え?
 何?
 聞こえない」



 地を這うような低い声が届き、和也は首筋に牙を立てられたに等しい恐怖を覚えた。


「……う、うれしい、かも……」


 不本意ながら命の危険を感じて言い直す。


「ねっ、ふふっ」


 想い人の棒読みに橘は浮き立って、回した腕(かいな)に力を込めた。
 あー……だから胸が当たってますっておねえさーん……。なんだか泣けてくる。


「……放れてください、おねがいします」

「じゃあキスして」


 殊勝な懇願に無理難題を返されて、一気に怒りのメーターが跳ね上がる。

 それでなくても不慣れな状況―――女にこれほど熱烈にアタックされたのもはじめてのことで―――理性の回路がとんでもないことになっているのだ。

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