天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠
ドラマのワンフレーズのような科白が鼓膜から忍び込むように和也の中に入ってくる。
「後ろめたい? そんなものわたしが忘れさせてあげる。
人が人を好きになるのに制限なんて存在しないの」
好きだなどとはひと言も言っていないにもかかわらず、自信満々に話を続ける橘にある意味感心しながら、
一方で、彼女の魔法がかったような言葉に巧みに心を絡め取られ、いいように誘導されているような錯覚を覚える。
自分はそうなりたいと思っているのだと、これでいいのだと―――。
キスの予感にまたぞろ理性が霧散しかけた瞬間。
がた、と奥で物音がした。
予期せず棚の間から笹原の顔が覘いた。
ハッとして、和也は渾身の力で彼女を放し、自然な間合いまでその身体を押しやる。
ほとんど間を置かずして笹原が現れると、自分と和也しかいないと思っていた空間に佇むもうひとりの人影に目を留めて、ひゅっと息を呑んだ。
「あ、あれ、橘、いたんだ……いつのまに……」
「う、うん……気づかなかった?」
目が合うと、双方、先日の件でどことなく気まずいのだろう―――というように橘は見せているだけにちがいないが……―――恥ずかしそうに俯く。
それだからか、本来、立つ瀬がなく、この場合、可能な限り身体を小さくしなければならないはずの和也はしかし二人の間に挟まれても素直に面目ないとは思えなかった。
(なんて女だ……)
先ほどまでの魔性をすっかり隠し、あたかもうぶで純潔であるかのような奥ゆかしい小娘を演じている姿に気後れがして、自然と瞳の焦点が遠のいていく。