天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠
歓迎されて、うっすら白くなった地面に降り立つ。
ひときわ空気が冷たくなったと身震いしつつ、門をくぐったところで、
「なんかさ、最近イノって感じ変わったよな」
いまだ中学臭さが抜けない、祭気分が身上のメンバーの中で、常に人の一歩後ろから物事を分析しているような、ちょっとだけ雰囲気の大人びている眼鏡の少年、滝(たき)が、出し抜けにそんなことを言った。
一同一斉に振り返り、ええ? と笑い含みに意外そうな声を上げる。
「そうかな」
笹原が首を傾げると、うん、と滝は宙を見つめて頷いた。
「バカ騒ぎして場を盛り上げるのだけが取り柄だったくせに、最近妙に難しい顔とかしてるし、気づくと無口になって何か考え事とかしてる」
男たちはかまびすしい会話をやめて滝を見た。
短い沈黙の後、ひとりがたまらず噴き出したのをきっかけに、全員が腹を抱えて笑い出す。
「滝おまえ、それぜってー誰かと勘違いしてるぜ」
「だよ、そうにちがいない! あのイノがいっぱしに物思いって、ははっ、キャラじゃないだろ」
「仮にそんな感じになってた日があったとしても、それはちょっと体調が悪かったとか小テストでとちって顧問にどつかれるのを心配してたとかだろ。考えすぎだよ」
ほとんどまともに取り合ってもらえず、落ち込んだのではと気になって笹原が表情を窺うも、杞憂だった。
滝は別段いつもどおりで、傷ついた様子はない。
眼鏡のブリッジを上げて、ひそかに息をつく。
「俺もね、疲れてるんだと思ってる」
一気に寒くなったしさ、と眉間をつねり、滝はつくづくと言う。
誰も、和也がわりとけっこう深刻に悩みを抱えているとは露ほども気づいていない。
理論的な滝ですらも幻想だと信じていることから、和也の無頓着は筋金入りだという浸透が根強いとわかる。
(ほんとにただの忘れもんなのか?)
ところどころの教室から洩れるぼんやりとした明かり。
そのほとんどを闇に沈めた校舎を振り仰いでただひとり、釈然としないものが残る笹原であった。