天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠
3-3
こんこん。
数少ない照明の灯る教室とかすかな咳の音を頼りに、和也はようやく橘の居場所を突き止めた。
会議などに使われる三人用の長い机が、口を黒板の方に向けて、コの字を描いて並んでいる。
その一辺の中程で橘はひとり何かの作業に没頭していた。
控えめにドアを開けると、廊下と大差ない冷気が肌に触れる。
吐息が白く凍る。
外套も羽織らず佇む橘に焦りとも危惧ともつかぬ思いが彼の胸を衝き上げた。
「あれ、井之口くん。どうしたの」
本当に驚いたような声を上げ、橘はまたこんこんと咳をした。
「どうしたの、じゃないだろ。おまえこそここで何やってんだよ。とっくに下校時刻過ぎてるのに」
「まだ終わらないの。今日中にって頼まれてるから、なんとしても終わらせてから帰らないと」
そう言って作業を再開した彼女の手許を見れば、何種類かのページがそれぞれ束になってプリントされており、どうやらそれを冊子にしてホッチキスで止める仕事のようだ。
(私立でもあるまいし、ソーター機能付プリンターなんかこの学校にはありませんってか)
舌打ちしたくなるところをなんとか堪え、和也は近くにあった橘のものと思しきコートを掴んだ。
「だったらせめてこれ着ろ! 咳してるくせに上着も着ないで、本格的に風邪引いたらどうするんだよ!」
一瞥して、橘は首を横に振った。