天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠
「た、卵焼き、かな。母ちゃんの、甘くない卵焼きが好き」
「そう。いいわね。わたしも好き」
「おまえんちも砂糖入れないの?」
「カロリーを気にする家系なのよ」
遺伝的に糖尿なのだろうか。大変だ。
「おまえの弁当は?」
「どうして?」
「え……訊かれた、から? なんとなく返したほうがいいかと」
「三色のそぼろご飯とプチトマトとあと何作ったっけ……、忘れちゃった」
「昼飯だぞ? ……やっぱり疲れてるんじゃないか? 免疫力が落ちるとたかが風邪でも長引いて大変なんだ。俺も手伝うから早く終わらせて帰ろう」
立ち上がろうとするも肩を引っぱられ、尻餅をつくようにどすんと座り込む。
「橘」
咎めるように名前を呼ぶが効き目はなかった。
もういちど呼びかけようとして―――次の瞬間。
「お、おい」
それまで預ける格好だった和也の身体に逆に体重をかけられて、とっさに腹筋に力が入る。
「もうすこし、ね。ホットのコーヒーをそんなに早くは飲みきれないでしょう?」
それは、そうだが……。
ちょっとかんがえて、和也は仕方なく橘のしたいようにさせることに決めた。
今の彼女には何を言っても無駄だ。というか、そもそも彼女が俺の言うことを聞いたためしなんかないのだ。
が、寄りかかられている今の状況も、彼には決して不快な時間ではなかった。
スケベ魂に火をつけるからではなく、彼女が純粋に自分を頼ってくれているというその一事が素朴に嬉しかった。
ともすれば笹原の顔が脳裏を過ぎるも、和也は、すがるように己を抱きしめる華奢な腕に、背徳に勝るすさまじい熱量の何かを感じずにはいられなかった。