天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠
橘を盗み見る間隔が徐々に狭まってきているのに和也自身は気づいていない。
要するに、頻度だ。
(おかしい)
本来ならもっと艶があってきらきらしているはずの橘の髪が光沢を失いかけている。
体調に由来して翳る表情がそう錯覚させるだけなのだろうけれど、はらはらとほつれるようにこぼれ、彼女の顔が次第に覆われていく様はそのまま風邪が進行しているような不吉さを否応なしに思わせる。
和也は胸が急き、ちょっと苦しいほどだった。
帳合も終盤。
そして、いよいよ和也の手先が疎かになってきた頃、
「そんなに熱心に見つめられたら手元が狂うわ」
くすぐったそうに橘が笑った。
反射的に後ろに飛び退り、思いきり机に膝を打ち付けて和也は悶絶した。
「ご、ごご、ごめん! な、なんかますます具合が悪くなってるように見えたから、つい……」
「まあ井之口くんにならいくらじろじろ見られても平気だけど。もうじき終わるわ、ありがとう」
和也がこの部屋を訪れたときには、一人に任せるにしては何かの罰とも思われなくもないほどに分厚かった紙の束がほんの数枚にまで減っている。
「ところで、さっきから気になってたんだけど、向こうに積まれたダンボールは何?」
「ああ、あれは逆にホッチキスの針を取ったのよ。ほら、あっちのテーブルの上にあるでしょう?」
指し示す方を見ると、確かに、机の端に太めの針が無惨な格好で積まれている。
紙を止める細い針とちがって、ダンボールを固定するための針は太く頑丈に出来ており、外すのにはけっこうな力を要するものだ。
「ダンボールを処分するのにあれを付けっぱなしにはできないの。体育の上田先生にはあれを頼まれてて」
「力仕事を? おまえひとりに?」
呆れた。「クラスには体育係も体育祭実行委員だっているのに」
吐き捨てる声に怒気が混じったのを感じ取ったのか、橘は、ちがう、と首を振った。