天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠
「借りを作りたくないから。
こんなの、わたしには一切必要のない物だもの。ないと困るのは先生たちでしょ。それなのに時間や手間を惜しんで無闇に人手を欲して、下手になるようなことは絶対に、嫌」
嫌、というところに力を込めて橘は言った。
……案外、損得勘定で動いているんだなと思うと、やはりちょっと安心する。
無償の優しさや惜しみない慈愛心は美しいが、美しいが故に自分には相応しくないものとひるんでしまうところがある。
そして、橘との隔たりがすこし縮まったと思うと、それにくっついて、和也の心が鈴をゆらしたように軽やかな音を奏で、ほんのりと視界が色づくみたいだった。
「たとえば俺が笹原を裏切るとして、それで橘は失望しない……?」
気づけばそんなことを口走り、和也は戦いて青ざめた。
最後の一部を留め終えると、橘は和也を見つめ、ふっと目許を綻ばせたが、その間ずっと宙を凝視していた彼はその些細な変化に気づけない。
「井之口くんが好きと言ったはずよ、わたしは。それも、笹原くんの想いを聞いた後で。
それはあなたに友だちを裏切ってって要求したことと同じなの。それなのに失望なんてしない。罪の責任を取るなら井之口くんじゃなく、そうさせたわたしが取るべきでしょ」
「そ、それはちがうだろ!」
「ちがわない。わたしは、あなたがあなたである限りあなたを受け入れる」
友だちを裏切っても、罪悪感に胸を痛める気持ちがあるなら、わたしには及第点―――小百合は、顔を歪めるほど深く懊悩する彼の頬をそっと包んだ。