天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠

 そういうものだろうか。

 恐妻家の井之口家で育ったせいか、自らも男であるためどうしても父親に気持ちを寄せがちになり、結婚といえば忍耐、以外思いつかない。


 ……笹原の家は、結婚してなお、駆け引きとロマンスに満ちた結婚生活を送っているのだろうか。


 それはそれとして。


(橘の幸せが、……結婚?)


 なんだかピンとこない。

 だからといって、結婚が幸せの終着点だと夢見ている女子を笑うことはできないし、時代錯誤だと断じるのは乱暴だともわかっている。



 だが……。



(あいつがぁ……?)



 不敵な口角。美しくも、怜悧で狡猾な輝きを帯びた眼差し。
 度胸があって、口も達者で、態度もでかい。


 信じがたい……。


 和也はおもわず眉をひそめる。


 陳腐とまではいかないまでも、それでは単純過ぎはしないか。


 以前までの橘なら、将来の夢はお嫁さんと言われてもなんら違和感を覚えはしなかったかもしれないけれど、

 今は……。



 体育館を出たとき、橘の後ろ姿がふいに目に止まった。

 友人の沼岡(ぬまおか)に手を振って、更衣室に向かうのとはまったく関係のない階段を降りていく。


 あの階段を降りて、向かう先と言えば、保健室か、トイレか……くらいではないだろうか。


 昨夜の咳が思い出され、にわかに胸がざわついた。


 橘は朝からマスクをしていた。

 あまり声も出ない様子で、授業中、彼女を頼って指名する情けない教師が多い中、難儀しながらも健気に期待に応える姿が胸に迫った。


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