天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠
得たりとばかりに橘は口角を上げたが、すぐに咳き込み、表情が歪む。
真っ赤な顔に、虚ろな眼差しが、昨日とは比べものにならないほど、彼女を蝕む風邪の進行を如実に物語っている。
和也はおろおろと歩み寄った。
「どうしてベッドで寝てないんだよ」
「見てのとおりよ」
言って、彼女は目線でカーテンが締め切られたベッドを示す。
言うまでもなく、自分の寝る場所などないだろうと。
橘は、ベッドの代わり、ベンチにぐったりともたれていたのだ。
「つらそうな顔して……かわいそうに」
やむを得ないにしても彼女とてひどく苦しそうだ。
「せめて脚くらい伸ばせ」
言って、和也は、背もたれに倒れながらも律儀に内履きを履いたまま座っている橘の靴を脱がせて、脚をベンチに上げさせた。
「ありがとう。―――平熱がもともと低いから、7℃越えただけでこの有り様。ベッドで寝てる人はもっとひどい状態の人たちばかり。それに年功序列もあるし、三年生には譲らなきゃいけないしで、ね……」
優先順位をつけられて弾かれたのか。
不憫に思ってそっと手を握ると、熱に浮かされた瞳が彷徨うように俺の双眸に辿り着き、ありがとうと言うように力なく微笑む。
ふいに、橘が身を捩ったかと思うと、ふるえる手で空いているベンチを軽く叩いた。