天使な小悪魔 気付いたが最後の恋の罠
そこに沼岡が橘の通学鞄を持って現れて、今度こそ和也は窮地に立たされる。
案の定、何であんたがと言わんばかりに、沼岡は和也を凝視した。
「話し相手になってくれてたの」
「ふぅん」
思いがけない橘からの助け船に、沼岡はそれ以上の詮索はしなかった。
けれど、やはりどこか釈然としない様子でちらちらこちらを盗み見る。
和也は黙ってあらぬ方へと視線を投げた。そうして何とも言えぬ居心地の悪さをやり過ごした。
「弱るととたんに甘えん坊になる癖、昔からちっとも変わらないんだから」
「……お姉ちゃんに、言われたくない」
長身の妹をさらに上回るモデル体型の姉に支えられるようにして帰っていく橘を見送る。
二人が見えなくなると、沼岡が待ってましたとばかりに俺の方へと向きを変えた。
「小百合と二人で何話してたの?」
「べ、別に」
「笹原くんのこと?」
「いや……ちがうってか、だから、なにも……」
歯切れが悪いのに輪をかけて、和也は言葉を濁した。
そのうち焦れて、機嫌を損なわせてしまうかもと思ったけれど、その心配も杞憂に終わる。
訊いてきたわりに沼岡はさほど返答を期待してはいない様子だった。
なぜなら―――。
ちょっとのあいだ逡巡して、彼女はおもむろにこう切り出したから。
「あのさぁ、今こんなこと言うのあれかも知れないけど……」
沼岡までが歯切れ悪くそう言って、あたりに人がいないことを確かめてから、憚るように彼女は声を低めた。