星月夜のマーメイド
そこにいたのはおそらく、いや紛れもない、国民休暇村で見かけたマーメイドだ。
「ではカードを作成しますので、こちらの申込用紙に記入をしていただけますか?」
彼女は申込用紙を渡し、ニコッと笑った。
(やっべ。超かわいい…。)
光輝の心臓は、今まで感じたことのない位バクバクと騒いだ。
受験の時ですらこんなに緊張はしなかった。
まさか、こんな所で逢えるなんて。
9月の連休に彼女を見かけてから、本当は何もかも手につかない心境だった。
だから勉強することに没頭した。
だから東京の有名大学に合格できた。
申込用紙に記入をしようとするが上手く書けない。
手が震えている。
(マジか?何緊張してんだ、俺。)
記入をしながら、受付にいる彼女をチラッと見た。
やはりあの時のマーメイド。
間違いない。
何の感情なのか自分でもよくわからない。
でも何故か彼女に惹きつけられる自分がいる。
あんな姿を見たからなのか。
あんな涙声を聞いてしまったからなのか。
気がついたら手汗をかきながら、力一杯鉛筆を握りしめていた。
「あの、これお願いします。」
「はい。少しお待ちくださいね。」
彼女はパチパチと申込用紙の情報をパソコンに入力し、素早くカードを作成した。
そのカードをバーコードでピッと読み取り、本の裏表紙にあるバーコードも読み取った。
するとパソコンの脇にある機械からなにやら細長い紙が出てきた。
どうやら返却日が記された紙のようだ。
彼女はその紙を本に挟んで光輝に言った。
「返却期限は二週間後です。」