トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
もう嫌だ。
もうこいつとおさらばしたい。
どうやって逃げようかしらねぇ……。
隙をついて手を振り払って逃走。
それとも、頬に平手打ちして驚いて動きが止まったところで脱出。
などと考えを巡らせていると。
「おっ、浪瀬じゃねぇか」
「よお」
浪瀬の友人が声をかけてきた。
よしきた、と心の中で拳を握る。
友人君よ、そのまま浪瀬を連れ出してください。
文化祭という一大イベントは、お友達と仲良くまわるべきです。
だが、そんな念も虚しく。
「隣のは噂の彼女?」
友人君は信じられないことを聞いてきた。
「まあな」
あろうことか、それを浪瀬は肯定しやがりました。
否定しなさいよ。
明らかに違うでしょう!
そこの友人も友人よ。
私のこの嫌そうな顔が目に入らぬか!
「へえー、その子が噂の本命ちゃんかー」
しかも雲行きが怪しいぃ!
彼らや周りの人達の会話で、私がいかに彼女になりえたか、憶測が飛び交う。
もちろん、ブサイクやら一般人やらと、一切良いことは言われていない。
中でも一際大きく聞こえたのが。
「浪瀬君に近寄るんじゃないわよハゲ」
誰ですか今ハゲとか言ったのは。
私はまだふっさふさです。
年齢的に引けない、デリケートなところを刺激された。
ハゲるとしたら、あんた達の視線を浴びた後かしら。
この状況にした元凶の浪瀬を睨むと、含みのある爽やかな笑みが返された。
涼しそうな顔しやがりまして!
そうか、わかりましたよ浪瀬の狙いが。
奴、本命彼女を守るために私をスケープゴートにする気ですね。
そうはいくもんですか。
ここは一時退却ですよ、頭皮の安全のためにも!
「浪瀬」
「ん?」
呼びかけると、甘いマスクが返事する。
鳥肌がたった。
「ちょぉっと、お花を摘みに行ってまいりますわぁー」
私は、脱兎のごとく言い逃げした。
弱者の逃げ足の速さを侮ってもらっちゃ困るわ。
野次馬の隙間を抜けて、私はトイレに駆け込んだ。