トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐



個室に入り、鍵をかける。



ここは籠り慣れたトイレ。


私の部屋と言っても過言ではない所。



隠してあるメイクポーチを引っ張り出し、顔を作る。


その間に温めていたコテで、適当なおさげから手の込んだ巻き髪へ。



そして鏡で顔チェック。



よし、別人。



「あ、あー」



発声練習も忘れずに、可愛い系の声を出す。




膝丈スカートを折り、膝上15センチに。


最後に自分の格好を見下ろしてみる。




うし、完璧。


これで、誰も私を安田野枝とは思うまい。




私は入った時とは別人に変身して、トイレを出た。




それから真っ直ぐ、浪瀬と別れた場所へ向かう。



私の作戦はこう。

可愛い私が浪瀬といることで、彼女と見せかける。

それにより、安田野枝の平凡顔は彼女ではないと証明する。

平凡顔の存在は忘れられてしまう。

将来安泰。

いい考えでしょ?




道中、さっきまでとは違う視線を浴びた。

刺すようなものではなく、色めき立つようなものだ。


何故ならば、今の私はカワイイから!

………自身に瀕死のダメージ。




それはともかく、掴みは上々。



目的の場所まで行けば、女子に囲まれている浪瀬を見つけた。



「忍ぅ、邪魔者はいなくなったし、アタシとまわりましょ」



「アンタこそ邪魔よ、忍はあたしとまわるんだから!」



キャンキャンわめく女子の中心で、浪瀬は困った顔をしていた。



あれ、これって私、忘れられてない?


私の平凡顔はどっか行っちゃってますよね。

当初の作戦とは異なりますが、このまま逃げちゃっていい系でしょうか。

いい系ですよね。


少し離れた所で足を止め、観察する。


だって、もしものことがあったら困りますから。




「っ!」



……やっぱり、さっさと逃げとけばよかった。


顔をばっとそらすも、感じる視線。



ちらっとそちらを見るも、やはり見られている。

気付かれている。



浪瀬が、私に助けを求めている……。


< 143 / 252 >

この作品をシェア

pagetop