トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
個室に入り、鍵をかける。
ここは籠り慣れたトイレ。
私の部屋と言っても過言ではない所。
隠してあるメイクポーチを引っ張り出し、顔を作る。
その間に温めていたコテで、適当なおさげから手の込んだ巻き髪へ。
そして鏡で顔チェック。
よし、別人。
「あ、あー」
発声練習も忘れずに、可愛い系の声を出す。
膝丈スカートを折り、膝上15センチに。
最後に自分の格好を見下ろしてみる。
うし、完璧。
これで、誰も私を安田野枝とは思うまい。
私は入った時とは別人に変身して、トイレを出た。
それから真っ直ぐ、浪瀬と別れた場所へ向かう。
私の作戦はこう。
可愛い私が浪瀬といることで、彼女と見せかける。
それにより、安田野枝の平凡顔は彼女ではないと証明する。
平凡顔の存在は忘れられてしまう。
将来安泰。
いい考えでしょ?
道中、さっきまでとは違う視線を浴びた。
刺すようなものではなく、色めき立つようなものだ。
何故ならば、今の私はカワイイから!
………自身に瀕死のダメージ。
それはともかく、掴みは上々。
目的の場所まで行けば、女子に囲まれている浪瀬を見つけた。
「忍ぅ、邪魔者はいなくなったし、アタシとまわりましょ」
「アンタこそ邪魔よ、忍はあたしとまわるんだから!」
キャンキャンわめく女子の中心で、浪瀬は困った顔をしていた。
あれ、これって私、忘れられてない?
私の平凡顔はどっか行っちゃってますよね。
当初の作戦とは異なりますが、このまま逃げちゃっていい系でしょうか。
いい系ですよね。
少し離れた所で足を止め、観察する。
だって、もしものことがあったら困りますから。
「っ!」
……やっぱり、さっさと逃げとけばよかった。
顔をばっとそらすも、感じる視線。
ちらっとそちらを見るも、やはり見られている。
気付かれている。
浪瀬が、私に助けを求めている……。