トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
「ま、そんなわけだから」
さりげなく浪瀬に腰を抱かれ引き寄せられる。
「俺の嫉妬深いお姫様が許さないし、そろそろ行くな。お前らも文化祭楽しめよ」
にこやかに手を振り、颯爽とこの場を去る浪瀬。
彼の左手は、私の腰にかけられていたため、必然に、女子の輪を抜け、野次馬の輪を抜けた。
そのままの歩調で彼らの姿が見えなくなる所まで来る。
居心地悪くなった所を救い出してくれた事には礼を言いましょう。
でもね。
「他にやりようがあったんじゃないの?」
「ん?」
惚けないで。
「いい加減、この手を離せ」
人が見てる。
野次馬は抜けたが、通行人はいるのだよ。
あらぬ誤解まで呼んでしまうでしょうが。
「痛いなぁ」
腰にある手を摘み捻っても、離れない。
代わりに奴は私の耳元に唇を寄せ、甘い声で囁く。
「俺のためにそんな格好してきたんだろ。もっと堪能させろよ」
ゾクゾクっと身体が震えた。
あれ、ここクーラー効きすぎじゃない?
縮こまりそうになるが、右手で浪瀬の顔を押し返す。
「お生憎、私がこの顔にしたのは自衛の為です。決して貴様のためではないわ」
鳥肌のたった体をさすりながら、小声で反抗する。
もちろん、周囲には嫌々だと悟らせないように。
キャッみんなが見てる、恥ずかしいよ。
とアテレコが出来るよう、表情と動作を作った。
それからは、口ではなんだかんだ言いながら、1日目終了まで私達は一緒に行動した。
私としては、周囲の浪瀬忍の彼女は安田野枝疑惑を払拭するため。
浪瀬の方はおそらく、女除けだろう。
互いに互いの利害が一致した故の結果だった。