トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
「そういうわけなので、ここはひとつ、気楽にお話し、聞かせてください」
太めのヘアバンドを拝借し、毛先がうなじに触れるくらいの長さに調節する。
印刷の終わった写真を持ち、ペラペラ確認しながら部屋を出た。
「ご婦人方が、午前1時過ぎに車の走る音を聞いたそうで、今日の午前1時頃に空き巣が入ったものと考えています。不審な音を聞いたり、人物を見てはいませんか?」
「さぁ………」
口ごもる浪瀬。
私は階段を降り、玄関で立ち話する浪瀬の隣に立った。
メイクをしていないこの顔に合う、高めの少年の声で。
「お疲れ様です、おまわりさん」
「おいっ!」
「君は……」
いきなり現れた私に浪瀬は焦り、警察は目を丸くした。
私は少年の顔で微笑み、敵意のないことを示す。
浪瀬には任せとけと腰を叩いた。
「話しは聞こえてました。おまわりさんの探しものはこちらでしょうか」
画像が相手に見えるよう、片手で印刷したての写真を扇状に広げる。
警察はそれを受け取り、上から一枚ずつ見ていく。
やがて写っている状況に気付いたようで言葉を詰まらせた。
「これ、どうして…」
「浪瀬くんが、怪しい人がいるから写真撮るぞって言って、手近なカメラで撮ってたんだ」
「俺はっ…っ!」
口を挟もうとする浪瀬の足を踏んづける。
余計なこと言わないで。
「おまわりさんの役に立てるなんて、さすが浪瀬くんだね」
わざと明るい声で、浪瀬を立てた。
途中から撮ったと思われるように、向かいの部屋が荒らされるところから始まり、あとは家と車を往復する様子。
時系列に並んでいるように見えるが、家と車の往復の部分には部屋を荒らす前のものも混ぜてある。
空き巣に入った3人のうち、初期の段階でバッチリ顔が写ったものがあったからだ。
写真の確認を終えた警察は。
「ご協力感謝します。きっとすぐに犯人は捕まりますよ」
と言って、嬉々として家を出た。
お手柄と称えられ、昇進コースでしょうか。
なんにしろ、私たちの都合のいい結末にしてくれることを祈っているよ。
「………なんで渡したんだ」
浪瀬が鋭い目つきで追及してくる。
盗撮していたことが知れたら事だから、警戒もするよね。
でも。
私はなんでもないことのように答えた。
「なんでって、捜査協力は市民の義務でしょ?」
「お前がそんな殊勝な奴だとは思わない」
「ひどい言い草だね」
肩をすくめてから。
まあ、隠すことでもないし、言うつもりではあった。
「………空き巣のひとりに撮ってることバレてた」
「んなっ…!」
「報復される前に、しょっ引いてもらいましょうって考えたのですよ」
この話はもうお終い。
と、手をひとつ叩いた。
「お腹すきましたねぇ。残りのお菓子でも食べましょー」
「おい待て!」
浪瀬の制止を黙殺し、軽い足取りで階段を上がり、浪瀬の部屋へ。
我が物顔であぐらをかいて、テーブルのお菓子を口に放り込む。
「うまうま」
「ほんと、お前ってやつは……」
すぐに追いついてきた浪瀬はあきれたように向かいに座り、お菓子をつまんだ。
『連続空き巣グループ、記念撮影か』
翌日の新聞に、3人の空き巣逮捕の見出しが大きく取り上げられた。
載せられた犯人写真は、あの時警察に渡したもの。
有用な情報に謝礼金が支払われたとあるが、きっと、私も浪瀬ももらえる事はない。
夜まで浪瀬の家に居たが、なんの音沙汰もなし。
事情聴取なんてものも、受けていない。
あの警察か、所属警察署ぐるみでネコババでもしたのだろう。
我ながらあれだけ鮮明な写真を撮ったのだ。
撮影者の証言など不要でしょう。
まあ、下手に聴取に協力し、口を滑らせて犯罪者として身柄を拘束されるよりはいい。
たまたま目撃し、空き巣だと気付いて撮影した。
そう、思い込んだままでいてほしい。
それが我々にとって、一番平和な筋書きなのだから。