トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
* * *
今日もまた、空き教室で浪瀬忍とふたりきりになる。
弁当はすでに食べ終え、外から聞こえる声に耳を傾けていた。
「なあ」
やけに静かだった浪瀬が、この教室に入って初めて口を開いた。
「何か」
問えば、浪瀬は難しい顔を崩さないまま聞いてくる。
「聞きたいんだけど、一部の女共がこそこそ話してたのを聞いたんだけど……」
珍しく歯切れの悪い浪瀬に苛立ちを覚えながら、次の言葉を待つ。
「その、『浪瀬かける木村モエ』ってどういう意味だ?」
「ぶーっ!」
「きったねーな! 俺の名前が出てたから、俺のこと言ってるかと思ったんだけど、違うならいい」
それだけ言って浪瀬は横になる。
昼寝の姿勢だ。
こいつは知らないのだろう。
さっきの一言がいかに大きな爆弾だったのか。
人の気も知らないで、他人面するなんていい度胸じゃないの。
ちょっとした仕返しに。
頭の中で木村という浪瀬の友人の一人に、浪瀬を襲わせていた。
ネクタイで手首を縛られて、机に押し倒されるといいよ。
そんな目で浪瀬を見ると、彼はぶるりと大げさに体を震わせ、少しすっとした。
だけど、そんな想像する自分に鳥肌が立つ。
まさに、腐の連鎖。
まだしばらくは、この話題に悩まされることを覚悟した。
安田野枝、15の春。