トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
通学電車は指定席に
『まもなく、3番乗り場に電車が参ります。危ないですので、黄色い点字ブロックの内側にお下がり下さい』
あたしはあくびをかみ殺して、目の前に滑り込んできた電車に乗り込む。
慣れた足取りでいつものシートに座ったところで、電車は次の駅へと動き出した。
早くもなく遅くもない、絶妙な時間の電車は空いていて、利用者も固定されている。
だからいつの間にか、暗黙の了解で指定席ができていた。
乗客も、一方的な顔見知りばかりである。
あたしの指定席は、某アイドルグループのインテリキャラ似のイケメンの向かい。
彼はこの辺りでは有名な進学校の制服を着ている。
綺麗な長い指が参考書のページをめくった。
朝からかっこいい顔を拝めて幸せと思うけど、じろじろと不躾に眺めるわけにもいかない。
一瞬だけ見るに留めて、窓の外の景色を目に映す。
流れるそれはいつもと変わらない。
ただ、一定のリズムで揺れる体と暖かい車内温度は、まるでゆりかごの中のような気持ちよさで。
「ねぇ」
頬をぺちぺちと叩かれた気がした。
いつの間にか閉じていたまぶたを上げる。
「君の降りる駅に着いたよ」
目の前には、毎朝拝む美しいお顔。
聞こえたのは、その顔にぴったりの美声と。
『S高校前、S高校前です』
「――!!」
車掌の声は、あたしの降りる駅名を告げていて。
一瞬で覚醒した脳は全身に指令を出し、声にならない叫びを上げながら、ホームに転がり出た。
後ろで扉が閉まり、ほっと息をつく。
暴れる心臓をなだめながら振り返れば、インテリキャラ似のイケメンと目が合った気がした。
それも一瞬で、確かめる間もなく、電車は次の駅へと走り出す。
その場に残されたあたしは、しばらくは時が止まったように動けなかった。