トライアングル~上司とやくざと後輩と~(仮)
♦
五十嵐が加藤の直属の上司で、長谷川が加藤の一つ下の後輩、という関係だったのは半年くらい前のことだ。
上場企業、機器メーカー、クローバー の正社員として3人は出会い、五十嵐が人事異動するまでの1年間、五十嵐の下で働いていたのである。
同じ部署で平社員の2人とは実に気が合った。特に長谷川は仕事に欲はないが、頭が良く、若いのに気が利く面白い奴だと、仕事帰りに幾度も食事に誘い、その人柄を試すように話し込んだ。
加藤はというと、一方的に好意を持たれている、ということだけは部署違いの入社当初から確実に伝わっていたので、悪い気は全くしなかった。
「食事行きましょうよ」
と軽く誘ってくる笑顔に、色気はあまり感じない。
だが、腕時計をつけ忘れたふりをして近づき、その細い手首を覗き込んだり、褒めると称してどさくさに紛れて頭などを撫でたりした瞬間に見せる表情は、明らかに赤面し、戸惑っているのがバレバレなので、ついイタズラをしてしまう。
ついに先日は、酔ったふりをして「好きだよ」とカマすと、「私も」と言葉が返ってきて、路上で軽くキスをした。
だからといって、付き合いをネダルわけでもなく、好きの意味を聞くでもなく、キスの代償を払わさせるわけでもなく、ただ再び、キスを待っているだけのような、そのライトな態度が気に入っている。
だがこの度、俺の社員に誘った時点で、キスから先の関係に進むことは有りえないし、そうでなくても身体の関係は持ちたくない、それくらい今の絶妙な関係を好いている。
加藤の好意を適当にあしらっていると見ている今時の長谷川も、加藤の仕事ぶりには尊敬している。それぞれの思惑、志向がなぜかうまく合致しているこの3人の関係を、今は宝物として俺の会社の中に収めておきたかった。
「何頼む?」
ぼんやりと、ただ俺を見ていた加藤は、話しかけられて少し驚いたようだった。
「えっ、今、そんな場合なんですか? あの、私、五十嵐さんに……」
大判のメニューの前で白い両手はグーになっている。覚悟を決める気はあるようだ。
「ついて来れる? 茨の道だけど」
自分で言って、少し笑えた。
「いざとなれば宝くじの五千万があるから大丈夫です」
長谷川は隣から軽く暴露する。
「お前なあ。早くもバラすなよ……」
仕様もない奴だと、俺は苦笑しながら短くなったタバコを安い灰皿で消した。
「えっ、当たったんですか!?」
予想通り加藤は食いついてくる。
「一億ですよ、元は。残りは税金と、奥さんにあげたそうです」
「長谷川、俺の家庭の事情をよく知ってるね」
長谷川が注いできてくれたセルフの水を一口飲んで、またタバコの箱を振る。
「奥さんに……」
加藤は穴があくほどテーブルを見つめて考えている。だが俺は、さすがに長谷川の前で、その態度に応える気にはなれなかった。
「子供さん、いくつになられたんでしたっけ?」
加藤の態度に気付いておきながら、長谷川はあえて進言してくる。意地悪な奴だ。
「15だよ。……まあ、それはいいとして。
まあ、今働いてるクローバーはいい会社だし、そこを抜けて、この先どうなるか分からないような会社に入れって言われても困るのは分かってる。だから、興味を持てば話を聞いてくれればいいし」
「……、あの、どういう会社なんですか?」
目の色が違う。話に乗りたいという証だ。
「要は、実店舗がある店のウェブ通販部門」
俺が分かりやすく答えたにも関わらず、加藤はあえて長谷川に「部門って?」と聞いた。
「まあ、3人揃えば部門と言えなくもないかな、という感じですかね?」
長谷川は俺に聞き直した。
「俺の実家は五十嵐鋳工(いがらしいものこう)っていう町工場なんだけども。そこで作った鍋が偶然売れてね。
美大を出た若い女の子が何か知らないけどうちなんかに就職して、女性ウケしそうな試作作ったらタウン誌に載って。あれやこれやで、話題になってローカルニュースに出たりして。
それをネットで販売し始めたら、うまく軌道に乗って、二作品目も順調なんで会社辞めて、自分の会社起こしてやることにしたわけ。
そもそもの出資金がほとんどないから倒れても痛くないし、とりあえず貯金はある。
美大の子がいないと成り立たないのは確かだけど、オヤジを慕ってるから大丈夫だと思う。
今日も帰ったら注文がいくつか来てるよ。今は、休みの日に長谷川君が手伝いに来てくれてるからまあなんとかやっていけてるけど」
「段々きつくなってきてますね」
「有りがたいことだよ。稼げるうちに稼いどかなきゃ。
そんでまあ、長谷川君はPCに強いからその辺りは任せることにして」
「えっ、私は? 梱包したり、発送作業ですか?」
「うんまあ、そうだね。雑用もしてくれると助かるけど。
給料は手取り基本給13万+発送数での歩合。今までの給料よりちょっと多いくらい」
「また微妙な額ついてきますね。しかも雑用って炊事洗濯ですか?」
加藤は笑ったが、俺は笑わなかった。
「まあ、加藤さんは今副主任ですからね。クローバーから転職するのにはよいしょがいる気がします」
長谷川は真剣に話を進めようとしてくれるが、
「君だって、正社員で入ったのに辞めるなんて、同じじゃない」
加藤は長谷川に言うと、もう一度俺を見た。
しかし俺が求めているのは、最後の一言だけだ。
しばらくは2人で悩めばいいと、先にメニューをぱらぱらと捲った。
加藤はその様子に諦めたように溜息をつき、長谷川に問うた。
「というか、何で私なの? 一応私から順番に声かけていって、みたいな感じ?」
長谷川は口を開き何か言いかけたが、俺はそれを制するように真っ直ぐ加藤を捉えて言った。
「長谷川君は最初から第一候補だったんだ。もともと、もし離婚したら何かしら独立しようとは考えてたから。自分の中で人選はずっと前からしてたんだよ。
加藤は長谷川君と仲が良い。仕事を真面目にやる。ミスも少ない。言うことをちゃんと聞いてくれるし、女性だから独特の気配りができる。
だから、加藤が嫌というのなら、今は長谷川君と2人でやっていくつもり。
って言っても、嫌なら断ってくれればいいから」
嫌、と言う気配は最初から全くない。
「3人きりで、となったら、今までと全く違ってお互い嫌な部分も見えるかもしれないですけど」
長谷川は大人びた意見のようにさらりと言ってのけたが、
「君、今まで以上に嫌な面、まだ持ってるの?」
と、加藤は半分笑いながら眉を顰めて聞いた。
「そりゃ、気を遣ってる時もありますよ。今は仕事ですから。いや、これからも仕事ですけど。今までみたいに皆がいて、色々縛られてっていうのと違うから」
「あー……、君の使い古しのティッシュ捨てる役にまわされたりね、そういうこともあるかもしれないね」
加藤はそんなこと何でもないと誇張するように言い返して、メニューに手を伸ばした。腹は決まったようだ。
「そういうのとは違いますけど! 自分で使ったティッシュくらい自分で捨てるよ!」
長谷川は早口で言いながら、大爆笑している。
15も年が離れた俺も、こめかみに手を当てたものの、
「サイコロステーキにしよ」
と、苦笑した。
「じゃあ僕は、この日替わりランチにしようかな」
長谷川も、照り焼きチキン定食の写真を指差す。
「わっ、待って! 私、まだメニュー見てない」
加藤は慌てて、手にしたメニューを次々捲り、さっと決定する。食べたい物が最初から決まっていたのか、今は味わって食べる気にはならないのか。
「決めた、決めた。ハンバーグ定食」
「デザートは?」
俺は手を伸ばして加藤が見ているメニューを更に捲ろうとする。
「後でいいんじゃないですか?」
長谷川は言いながら、長い腕を伸ばし、加藤の目の前をゆっくり過ると呼び鈴を押した。
「はー……デザート……」
全くそんな気分になれなさそうな加藤だが、メニューだけ決めておくつもりか、またぱらりと捲った。
「久しぶりに3人で食事でもとかいうから……」
更に言いながら、パフェとケーキを見比べている。
「何かと思った。……いや、何とも思わなかったけど。
そっか……、3人で会社か……。大儲けして、ビルとか建てられるようになるかな?」
加藤はデザートから視線を外し、俺に真剣に言ったが、長谷川は
「そういう欲出すとすぐ潰れますよ」。
「なっ! 別にちょっと言ってみただけよ! ビルが建つなんて本気で思ってるわけじゃないわよ! 発送と雑用でそんな儲かるとか思ってないって!」
「あ、雑用する方向なんですか?」
「雑用ってご飯作るとかそういうことですよね? 掃除するとか」
加藤は若干頬を赤らめながら、上目使いで俺に確認した。
「そう、ウェブ通販とは関係ない仕事」
言いたいことを隠しているのが読める。
「いいですよ。……五十嵐さんのパンツ洗って干して……給料もらえるなら」
含み笑いしながら、独り言のように呟いたが、俺はそこを逃さなかった。逆に押し倒されたりでもしたら、どうしようかなと贅沢な悩みが過る。
「今みたいに1日中きっちり働くような環境じゃないですから。パンツ洗ってプラス料金なんて、高い方じゃないですか? 相場知らないけど」
「どちらかというと、家政婦的な役割ですか?」
加藤は真っ直ぐ俺の眼を見て確認した。
「いや、あくまでも梱包作業中心。まあでも、家の中のことやってくれると、ものすごく助かるから、ボーナス出すかもしれない」
ここで俺は、ようやく素直に笑みを見せた。
「ボーナスで釣らなくったってしますよ。私、良い子なんで」
「さっすがー!! やっぱり加藤さんに声かけて正解でしたね」
同時に俺も、長谷川を手中に収めておいて良かったと思う。
「うん、俺は最初からこのメンバーしか考えてなかったから」
あえて加藤に穏やかな表情を見せて言い切ってやる。
予想通り、加藤は「へー……」とだけ返事をして眼を逸らした。その時の赤面のしようときたらまるでタコのようだったが、やはり、可愛いと思わざるを得なかった。
五十嵐が加藤の直属の上司で、長谷川が加藤の一つ下の後輩、という関係だったのは半年くらい前のことだ。
上場企業、機器メーカー、クローバー の正社員として3人は出会い、五十嵐が人事異動するまでの1年間、五十嵐の下で働いていたのである。
同じ部署で平社員の2人とは実に気が合った。特に長谷川は仕事に欲はないが、頭が良く、若いのに気が利く面白い奴だと、仕事帰りに幾度も食事に誘い、その人柄を試すように話し込んだ。
加藤はというと、一方的に好意を持たれている、ということだけは部署違いの入社当初から確実に伝わっていたので、悪い気は全くしなかった。
「食事行きましょうよ」
と軽く誘ってくる笑顔に、色気はあまり感じない。
だが、腕時計をつけ忘れたふりをして近づき、その細い手首を覗き込んだり、褒めると称してどさくさに紛れて頭などを撫でたりした瞬間に見せる表情は、明らかに赤面し、戸惑っているのがバレバレなので、ついイタズラをしてしまう。
ついに先日は、酔ったふりをして「好きだよ」とカマすと、「私も」と言葉が返ってきて、路上で軽くキスをした。
だからといって、付き合いをネダルわけでもなく、好きの意味を聞くでもなく、キスの代償を払わさせるわけでもなく、ただ再び、キスを待っているだけのような、そのライトな態度が気に入っている。
だがこの度、俺の社員に誘った時点で、キスから先の関係に進むことは有りえないし、そうでなくても身体の関係は持ちたくない、それくらい今の絶妙な関係を好いている。
加藤の好意を適当にあしらっていると見ている今時の長谷川も、加藤の仕事ぶりには尊敬している。それぞれの思惑、志向がなぜかうまく合致しているこの3人の関係を、今は宝物として俺の会社の中に収めておきたかった。
「何頼む?」
ぼんやりと、ただ俺を見ていた加藤は、話しかけられて少し驚いたようだった。
「えっ、今、そんな場合なんですか? あの、私、五十嵐さんに……」
大判のメニューの前で白い両手はグーになっている。覚悟を決める気はあるようだ。
「ついて来れる? 茨の道だけど」
自分で言って、少し笑えた。
「いざとなれば宝くじの五千万があるから大丈夫です」
長谷川は隣から軽く暴露する。
「お前なあ。早くもバラすなよ……」
仕様もない奴だと、俺は苦笑しながら短くなったタバコを安い灰皿で消した。
「えっ、当たったんですか!?」
予想通り加藤は食いついてくる。
「一億ですよ、元は。残りは税金と、奥さんにあげたそうです」
「長谷川、俺の家庭の事情をよく知ってるね」
長谷川が注いできてくれたセルフの水を一口飲んで、またタバコの箱を振る。
「奥さんに……」
加藤は穴があくほどテーブルを見つめて考えている。だが俺は、さすがに長谷川の前で、その態度に応える気にはなれなかった。
「子供さん、いくつになられたんでしたっけ?」
加藤の態度に気付いておきながら、長谷川はあえて進言してくる。意地悪な奴だ。
「15だよ。……まあ、それはいいとして。
まあ、今働いてるクローバーはいい会社だし、そこを抜けて、この先どうなるか分からないような会社に入れって言われても困るのは分かってる。だから、興味を持てば話を聞いてくれればいいし」
「……、あの、どういう会社なんですか?」
目の色が違う。話に乗りたいという証だ。
「要は、実店舗がある店のウェブ通販部門」
俺が分かりやすく答えたにも関わらず、加藤はあえて長谷川に「部門って?」と聞いた。
「まあ、3人揃えば部門と言えなくもないかな、という感じですかね?」
長谷川は俺に聞き直した。
「俺の実家は五十嵐鋳工(いがらしいものこう)っていう町工場なんだけども。そこで作った鍋が偶然売れてね。
美大を出た若い女の子が何か知らないけどうちなんかに就職して、女性ウケしそうな試作作ったらタウン誌に載って。あれやこれやで、話題になってローカルニュースに出たりして。
それをネットで販売し始めたら、うまく軌道に乗って、二作品目も順調なんで会社辞めて、自分の会社起こしてやることにしたわけ。
そもそもの出資金がほとんどないから倒れても痛くないし、とりあえず貯金はある。
美大の子がいないと成り立たないのは確かだけど、オヤジを慕ってるから大丈夫だと思う。
今日も帰ったら注文がいくつか来てるよ。今は、休みの日に長谷川君が手伝いに来てくれてるからまあなんとかやっていけてるけど」
「段々きつくなってきてますね」
「有りがたいことだよ。稼げるうちに稼いどかなきゃ。
そんでまあ、長谷川君はPCに強いからその辺りは任せることにして」
「えっ、私は? 梱包したり、発送作業ですか?」
「うんまあ、そうだね。雑用もしてくれると助かるけど。
給料は手取り基本給13万+発送数での歩合。今までの給料よりちょっと多いくらい」
「また微妙な額ついてきますね。しかも雑用って炊事洗濯ですか?」
加藤は笑ったが、俺は笑わなかった。
「まあ、加藤さんは今副主任ですからね。クローバーから転職するのにはよいしょがいる気がします」
長谷川は真剣に話を進めようとしてくれるが、
「君だって、正社員で入ったのに辞めるなんて、同じじゃない」
加藤は長谷川に言うと、もう一度俺を見た。
しかし俺が求めているのは、最後の一言だけだ。
しばらくは2人で悩めばいいと、先にメニューをぱらぱらと捲った。
加藤はその様子に諦めたように溜息をつき、長谷川に問うた。
「というか、何で私なの? 一応私から順番に声かけていって、みたいな感じ?」
長谷川は口を開き何か言いかけたが、俺はそれを制するように真っ直ぐ加藤を捉えて言った。
「長谷川君は最初から第一候補だったんだ。もともと、もし離婚したら何かしら独立しようとは考えてたから。自分の中で人選はずっと前からしてたんだよ。
加藤は長谷川君と仲が良い。仕事を真面目にやる。ミスも少ない。言うことをちゃんと聞いてくれるし、女性だから独特の気配りができる。
だから、加藤が嫌というのなら、今は長谷川君と2人でやっていくつもり。
って言っても、嫌なら断ってくれればいいから」
嫌、と言う気配は最初から全くない。
「3人きりで、となったら、今までと全く違ってお互い嫌な部分も見えるかもしれないですけど」
長谷川は大人びた意見のようにさらりと言ってのけたが、
「君、今まで以上に嫌な面、まだ持ってるの?」
と、加藤は半分笑いながら眉を顰めて聞いた。
「そりゃ、気を遣ってる時もありますよ。今は仕事ですから。いや、これからも仕事ですけど。今までみたいに皆がいて、色々縛られてっていうのと違うから」
「あー……、君の使い古しのティッシュ捨てる役にまわされたりね、そういうこともあるかもしれないね」
加藤はそんなこと何でもないと誇張するように言い返して、メニューに手を伸ばした。腹は決まったようだ。
「そういうのとは違いますけど! 自分で使ったティッシュくらい自分で捨てるよ!」
長谷川は早口で言いながら、大爆笑している。
15も年が離れた俺も、こめかみに手を当てたものの、
「サイコロステーキにしよ」
と、苦笑した。
「じゃあ僕は、この日替わりランチにしようかな」
長谷川も、照り焼きチキン定食の写真を指差す。
「わっ、待って! 私、まだメニュー見てない」
加藤は慌てて、手にしたメニューを次々捲り、さっと決定する。食べたい物が最初から決まっていたのか、今は味わって食べる気にはならないのか。
「決めた、決めた。ハンバーグ定食」
「デザートは?」
俺は手を伸ばして加藤が見ているメニューを更に捲ろうとする。
「後でいいんじゃないですか?」
長谷川は言いながら、長い腕を伸ばし、加藤の目の前をゆっくり過ると呼び鈴を押した。
「はー……デザート……」
全くそんな気分になれなさそうな加藤だが、メニューだけ決めておくつもりか、またぱらりと捲った。
「久しぶりに3人で食事でもとかいうから……」
更に言いながら、パフェとケーキを見比べている。
「何かと思った。……いや、何とも思わなかったけど。
そっか……、3人で会社か……。大儲けして、ビルとか建てられるようになるかな?」
加藤はデザートから視線を外し、俺に真剣に言ったが、長谷川は
「そういう欲出すとすぐ潰れますよ」。
「なっ! 別にちょっと言ってみただけよ! ビルが建つなんて本気で思ってるわけじゃないわよ! 発送と雑用でそんな儲かるとか思ってないって!」
「あ、雑用する方向なんですか?」
「雑用ってご飯作るとかそういうことですよね? 掃除するとか」
加藤は若干頬を赤らめながら、上目使いで俺に確認した。
「そう、ウェブ通販とは関係ない仕事」
言いたいことを隠しているのが読める。
「いいですよ。……五十嵐さんのパンツ洗って干して……給料もらえるなら」
含み笑いしながら、独り言のように呟いたが、俺はそこを逃さなかった。逆に押し倒されたりでもしたら、どうしようかなと贅沢な悩みが過る。
「今みたいに1日中きっちり働くような環境じゃないですから。パンツ洗ってプラス料金なんて、高い方じゃないですか? 相場知らないけど」
「どちらかというと、家政婦的な役割ですか?」
加藤は真っ直ぐ俺の眼を見て確認した。
「いや、あくまでも梱包作業中心。まあでも、家の中のことやってくれると、ものすごく助かるから、ボーナス出すかもしれない」
ここで俺は、ようやく素直に笑みを見せた。
「ボーナスで釣らなくったってしますよ。私、良い子なんで」
「さっすがー!! やっぱり加藤さんに声かけて正解でしたね」
同時に俺も、長谷川を手中に収めておいて良かったと思う。
「うん、俺は最初からこのメンバーしか考えてなかったから」
あえて加藤に穏やかな表情を見せて言い切ってやる。
予想通り、加藤は「へー……」とだけ返事をして眼を逸らした。その時の赤面のしようときたらまるでタコのようだったが、やはり、可愛いと思わざるを得なかった。