♡祐雫の初恋♡
祐雫の帰りが遅いのを心配した従兄の馥太朗(ふくたろう)は、
門扉の陰で、慶志朗と祐雫の様子を窺っていた。
祐雫が慶志朗を見送って、しばらく佇んだ後、
ハンカチで涙を拭いて落ち着くのを待って、馥太朗は、声をかける。
祐雫と話していた相手が隣の別荘に滞在する嵩愿慶志朗だと気付いて、
珍しいこともあるものだと感じていた。
子どもの頃から、毎年のように別荘に滞在して、
嵩愿家とも同時期に滞在することがあったけれど、
ほとんど交流した記憶がなかった。
それなのに、祐雫と慶志朗が親しく話をしているのが不思議に思えた。
「祐雫、遅かったね」
馥太朗は、今、別荘から出てきたふりを装って、祐雫に声をかける。
「馥太朗お兄さま、ただいま帰りました。
ご心配をおかけして、申し訳ございません。
途中で、夕立が降り出したので、
雨宿りをいたしまして、遅くなりました」
瞳を赤くした祐雫は、真っ直ぐに馥太朗を見つめられずに、
俯き加減で応える。
「雨に濡れずに何よりだったね。
サイクリングに出た郁太朗はずぶ濡れで帰って来たものだから、
祐雫も雨に濡れたのではと、心配していたのだよ。
さぁ、もうすぐ夕食だから、食堂へ行こう。
その前に足を洗ったほうがよさそうだね」
馥太朗は、そっと祐雫の肩を抱き、別荘の玄関へと導いた。