きみに会える場所~空の上ホテル~
林原ゆり子さんはエレベーターを待っている間、無言だった。

エレベーターに乗り込むと、「3」と書かれたボタンを押した。

何をするにも無駄がなく、動きに品があった。

さすがだなあ。私なんか、着物を着た時、ろくに歩けなかった。


あれは二年前の五月。お茶を習っている母さんにせっつかれて、野点の会に出かけた。・・・・・・着物で。

タクシーを降りてから会場までのたった百メートル足らずの距離を歩くのに、どれだけ時間がかかったことか。何人もの着物姿の女性に追い抜かれた。ちっちゃな女の子にも。

それから三日間、ずっと母さんは不機嫌なままだった。





思い出すだけで、気分が重くなる。私は小さくため息をついた。

林原ゆり子さんと目が合った。

「あっ、ごめんなさい。昔のこと思い出してちょっとブルー入って」

彼女がきょとんとした。
「ブルーハイッテ? ??」

わあ。林原ゆり子さんでも、こんな顔するんだ。そう思ったら、がちがちだった体がすっと軽くなった。

「落ち込んでたってことです」

説明すると、林原ゆり子さんは鷹揚にうなずいた。

エレベーターのドアが開いた。

林原ゆり子さんのすぐ後に続いて、三階の廊下を歩いて行った。

女王様とそのお付きみたいに。
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