精霊たちの王冠《王国編》
プロローグ
中央大陸の東に位置するティアニス王国の王城のある一室では、まだ生まれて間もない赤子を抱いた女性が声を震わせ泣いていた。
部屋には他に、赤子の父親で女性の夫である王弟、彼の兄の国王、そして将軍とその妻がいたが、皆同じように今失われようとしている命を目の前に、何も出来ない己の無力さに打ちひしがれていた。
女性の泣き声だけが響く部屋に、美しく澄んだ女性の声が聞こえてきた。
「助けてあげましょうか?」
突然聞こえた自分達以外の声に驚き、部屋にいた全員の目が声が聞こえた窓辺へと向けられる。
するとそこには、背に羽根をもつ金髪の女性がいつの間にか開かれた窓のそばにたたずんでいた。
女性とは言っても少女と言ってもおかしくない若いその女性は、絹糸のように艶やかに輝く金の髪に紫紺の瞳。
シミ一つ無い白く透き通った肌で、顔の造形はまるで天から授かったかのように整っていて、触れがたい神秘的な雰囲気を纏っていた。
この部屋は城でも高い場所にあり、部屋の扉の外には護衛がいて他のものが入っては来れない。
しかし、部屋にいた者達はそれを不信に思うよりも、その女性のあまりの美しさに目を奪われていた。
漸く将軍が我に返り剣を女性に向け威嚇する。
「貴様は誰だ!?」
その唸るような怒声に他の者も我に返り、赤子を抱いていた女性は我が子を守るように抱きしめる手に力を入れ、他の者も警戒を露わにする。
しかし、先ほど金髪の女性が言った言葉を思い出した王弟は、将軍を制止しその意味を問いかける。
「今、助けるかと言ったな?
それはどういう事だ、お前は娘を助けられるのか?
それにその姿、人間ではないようだが」
「ええ、私は精霊よ。
私ならその子を助けてあげられるわ」
「精霊!?」
「精霊が何故姫を助けようとする?」
話を聞いていた国王が精霊の行動が理解できず横から訝しげに眉を寄せ話しかける。
「理由は教えられないわ、それにただで助ける訳じゃない、ちゃんと条件がある」
「条件とはなんだ?」
「その子を助ける条件は-------よ」
「なっ!!」
「そんな!」
精霊に告げられたら条件を聞いた面々は一様に驚きを隠せない。
「そんな条件が聞ける訳がないだろ!!」
「ならその子は助からない、それでもいいの?」
王弟は受け入れられず激昂するが、精霊はそんな様子は気にもせず、ただ静かに見守る。
「彼女の条件を呑みましょう」
それまで静かに話を聞いていたの母親が赤子を見つめながら話す。
そこには、先ほどまでの悲壮感は無く、瞳には強い決意が写っていた。
「なにを言っているんだ」
「私達じゃこの子がこのまま死んでいくのを見ているしか出来ない。
でもそれさえ受け入れれば助けられる。
……そうでしょう?」
母親が精霊に確認を取ると、精霊は静かに頷いた。
それを見て、彼女の答えは決まった。
それで我が子が助かるというなら何を迷う必要があるのかと。
王弟は覚悟を決めた強い眼差しに何も言えなくなった。
そして、失われかけた命は救われる
ある代償と引き換えに………。
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