必見・夕暮れの陰陽部!【短編版】
無様に命乞いすることもできたろうが、晴也は女の眼にふと一瞬、気を取られた。
女はその眼から、
はらはらと涙を流していた。
「憎らしい……」
むぜひ泣きながら、女は言った。
憎悪の言葉とともに、また大粒の水が眼から流れ滴り落ちる。
この命の瀬戸際で胸を締め付けられた晴也に―――女は獣の如く大きく口を開いた。
べりべりっ、と両頬の肉が裂け、女はそのまま、
わけのわからぬもので硬直した晴也に向かい跳躍した。
刹那。
「オン・アミリテイ・ウン・ハッタ!」
鋭く張りのある声。
何を言ったのかは定かではなかった。
しかし、すぐ眼前まで迫って来た女が、ばちん、と障壁にでもぶち当たったかのように、
勢いよくはね飛ばされたのが視界に映った。
そしてもう一つ。
腰を抜かした晴也の寸前に、作業着をだらしなく身に着けた長身がそびえた。
黄土色の作業着に、柔らかく揺れる長い茶髪。
彼が何かをぽいと捨てた。―――あの、平安風のお面であった。
「骨、しゃぶられとらんか?」
振り返ることなく吉郎が、十数分前とは似ても似つかぬ低い声調で言った。
「はっ、はい」
骨なんかしゃぶられてたら、それはもう死んでるってことですよ。
普段の晴也ならそう言えたろうが、そんな余裕など心の片隅にもありはしない。
弾かれて大の字に倒れていた女は、四つん這いになって吉郎を睨み付ける。
「先輩、睨んでます。
すんごい剣幕で睨んでますよ」
いつの間にか晴也はひとりで立ち上がり、吉郎の背に身を隠す。
隠して、晴也は仰天してまた腰を抜かしかけた。
「おい晴也、どうしたん」
ハルヤデス君ではなく、ちゃんと晴也と呼んでくれた吉郎の顔を、
晴也は混乱したまま凝視した。
凛とした切れ長の吊り眼に、堀の深い二重。
整った鼻筋、薄い桜色の唇―――そして、頬に張られた湿布。
今日の昼休みに、窓側に屯していた女子たちの会話の一部が、脳内を突きぬける。
不良。喧嘩傷。細川曰くの、「どこかの部活の、たった一人の部員」。
「やっ、ヤンキー先輩いいい!?」
女子たちの間で、イケメンだの不良だのと騒がれていた、道麻先輩。
道麻とはてっきり名前かと思っていたが、名前ではない。
苗字だったのだ。
道麻吉郎―――彼こそ、たった一人の学校方士活動部、通称『陰陽部』の部員だ。
「ちょっと、いまはうるさくせんといてや。
お前が喰われてまう前に、あのネズミ女さんを、なんとかせなあかん」