必見・夕暮れの陰陽部!【短編版】
吉郎はそれだけ言って身構えた。
「ううむ……」
女が野太く呻いた。
「男が男を襲うのはいいとして、女が男を襲うのはちょっと引くわ」
「あの、どういう意味の襲うですか、それ」
それでもって、男が男を襲うのを良しとしている彼は、いったいどのような趣向の持ち主なのだろうか。
「とりあえずさがっとれや。
ここにおったら、物申す暇なくやられるで」
「は、はいっ」
指示通り、晴也は訳も分からず教室の外側に避難した。
「先輩!あんたも早く……」
「細かいことは気にすんなや。
俺はあのネズミ女をどうにかせなあかんねんって、いっとるやろ」
鋭く言い放たれて、晴也はすぐさま窓の下に引っ込んだ。
どうにかするといったって、どうしようもない。
あんな生物、獣にだって属さない。
人にも獣にも非ずでは、対処の使用がないだろう。
吉郎は脚を広げ、ポケットから朱い文字が記された符を指に挟んだ。
あれは、古典によく見る日本古来の古文字だろうか。
なんと書いてあるのかは、晴也にさえ解読不可だ。
「先公め、ちゃんと供養したらんかったなっ」
吉郎は吐き捨てた。
「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」
刹那、符に記された文字が鮮明な朱い珠光を灯した。
吉郎がその符を女に投げつける。
符は紙。
通常であれば空気抵抗で全く飛ばぬところだが、この符は奇妙だった。
あたかも小さな鉄球のように、直線を描き女めがけて飛ぶ。
そして符は、女の額に張り付いた。
「ぎゃあ!」
女が悲鳴を上げた。
晴也はそれを呆然と眺めている。
女に当たったのは、野球部の投手が投げた球ではない。
マニアックな部活動の部長が投げた、たかだか紙切れである。
そんな紙切れに、女はなんの苦痛を感じているのだろうか。
「きいいいいい、えいっ!」
女が身体を弓なりに反らせ、符が与えていると思しき苦痛に悶えながら、充血した眼で吉郎を捉えた。
間一髪と置かず、女は唾液で濡れた前歯を剥きながら吉郎に襲い掛かった。
「先輩!」
思わず、晴也は窓から乗り出して叫ぶ。
吉郎は微動だにせず、両手の指を胸元で絡ませた。
「ナウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」
晴也は緊迫で乾いた唇を口内に含んだ。
吉郎の手が、符と同色の燐光を帯びているのだった。
「かああっ」
迫りくる女の毒牙。
そのおぞましい顔面に、吉郎はそっと、人差し指と中指を立てた、
忍者が用いる印(いん)らしきものを当ててやった。
その際に、
「ごめん」
と―――謝った。
「退散!」
吉郎の鋭気と共に珠光が四方に弾けると、女の身体は無抵抗に宙を舞った。
ひい、と悲鳴を噛み殺した女は、そしてまた流涙し、
「恨めしや」と呪詛を口にして掻き消えた。