必見・夕暮れの陰陽部!【短編版】
「せ、先輩……」
こわごわと吉郎の傍らに歩み出た晴也は、女がいたはずの位置を見おろす。
「あの人は、あんたは、なにもんなんですか?」
「陰陽師や」
晴也の問いかけに、吉郎は重苦しい声色で応答した。
まさか、と耳を疑う。
陰陽師という神職は現代には存在していない。
「あんたは、陰陽師じゃなくて、陰陽部の部長でしょう」
そう言ってやったが、思い返してみれば、彼は摩訶不思議な攻撃を女に繰り出していた。
それが吉郎を陰陽師と裏付ける決定的な証拠にはならないが、彼が人ならぬ力を秘めているのは確かである。
「平安の時代はな、公務員の仕事をしとった官人陰陽師のほかに、
庶民に依頼されて呪術を発揮した、民間陰陽師がおったねん」
自称『陰陽師』の吉郎は、普段の活発な表情になって己の出生について明らかにした。
吉郎はその、ちっぽけな知名度の低い、いわばごろつきの民間陰陽師の血をひく者だったという。
実際、都を怨霊から守ったという伝承の例にある陰陽師とは、ほとんどが、宮廷に仕える官人陰陽師だった。
そして、歴史の裏で密かに暗躍したのが、当時は都に溢れかえっていた、法師陰陽師や民間陰陽師である。
彼らは宮廷の陰陽師のように、数学などの学問を究めず、方術を磨き、それをあらゆる手に使った。
あるものは貧しき庶民には便利な民間陰陽師となり、
またあるものは方術で人を化かし、
最悪の場合、呪殺や政権争いの道具にされる。
道摩法師---蘆屋道満(あしやどうまん)なる法師陰陽師が、それらの代表だ。
吉郎曰く。
彼の先祖は播磨から出た放浪者で、人をたぶらかしては路銀を得て、気分で流れ流れてこの地に住み着いた。
偶然にも、そこに居た豪族の手助けをしたおかげで、正式にこの地の支配者の配下に置いてもらえたのだった。
そして時は過ぎ、陰陽師の存在も次第に薄れ---。
もはや、その血を継ぐ者は減る一方で、継いでいたとしても方術の心得がなかったりした。
しかし、陰陽師の存在は消えても、やはり人の世には魑魅魍魎、怨霊がつきもの。
科学では解決できぬものがある。
どうしようもなくなったこの高校は、やむを得ず、稀なる方術使いの末裔を学校に招いたのだった。
それが、道麻吉郎だった、ということである。
ついでだが、この辺りには歴史上類を見ぬ合戦場の跡があったという。
怨霊はともかく、妖のものはその妖気に引き寄せられて、死魂を喰うためにこの地にやってくるのだそうだ。
高校の寮生が過去にも幾度かそれらに脅かされて、寮を出てしまったという前例もある。
……これは瞬時に口から出たでたらめではない。
そう、晴也は思う。
吉郎の手にまとわりつく燐光の残滓が、そう物語っていた。
「じゃあ、妖怪を退治する術も、知ってるんですか?」
晴也は真摯に問いかけた。
「まさか学校は、それを承知で、先輩にこんなことやえらせてるんですか」
「しゃあないやろ。人外のものに慣れん奴には、怨霊とか妖はどうにもできんからな」
「あの、怨霊って、幽霊とかの事ですか?さっきの、あの女の人みたいな」
「ああ……。
それもひどい憎しみを持った、槽歯類の霊やったんやな」
吉郎は誰がどう見たって、楽観的な快男児を映る。
しかし吉郎は一瞬、まるで人生最大の悲劇に遭ったような悲観的な面差しになった。
そんな哀調を帯びた目で、吉郎は晴也に合掌した。
「頼む。
これからちょっと、俺についてきてくれへんか?
陰陽部部長として、部員に引き継がなあかんことがあるねん」
晴也は他に質問したいことが山ほどあったが、どうしてか、吉郎の頼みを優先してしまうのだった。