必見・夕暮れの陰陽部!【短編版】
牛舎のすぐそばには、桜の木が両側に植えられた一本の川がある。
毎年、農業科の学生が生物多様性の調査のために利用している川で、
人工的に作られた瀬や、鳥の住処にしようとして埋め立てられた小島があった。
川までやって来た吉郎は、川の瀬に降りてその水面を見つめた。
「やっぱり、祠も何も建ってへん……。
供養しとけって、あんだけ言ったのに。
教師はもう忘れてまったんかいな」
「供養って、誰かここで死んだんですか?」
吉郎は頭を一つ、縦に振った。
「死んだっつうか、殺されたって言うべきやな。
教師たちは駆除って言うとったけど」
吉郎が訂正した。
聞くなり晴也は眉をそびやかして、ごくりと息を呑んだ。
記憶の破片をかき集めてみる。
供養。殺された。駆除。槽歯類の女。
思い当たる情報が泡沫となって浮かび上がってきた。
「それって、一週間前の、ヌートリア駆除の事ですか?」
ちょうど入学式前後の日だったか。
複数の業者が動物捕獲用の網や檻を手に、この川へと踏み込んでいったのを目にした。
入学式が終わった直後に教頭が、ヌートリア駆除のため川には近づかぬように、
と生徒たちに忠告していたことも、晴也はしかと覚えている。
吉郎は水面に視線を注いだまま、おもむろにうなづくのだった。
「最近、この川でヌートリアが増えてきたからなあ。
困り果てた教師が、駆除業者に頼んだんや」
「それで……」
「案の定、ここらへんに巣をつくっとった奴らは、みんな捕まってまったわ。
たぶん、あのネズミ女は、そいつらの怨霊が固まってできた奴やろ」
晴也の脳裏に、大粒の涙をはらはらと流すあの女の顔がよぎった。
(だからあの人は、泣いてたのか―――)
だから、自分は切なさに胸を打たれそうになったのか。
害獣とはいえ、彼らはもともと人によって持ち込まれたもの。
野に放された彼らは、もうそこで生きるしかない。
だから巣を作り、そこにいる生き物を喰らい、子を残すのだ。
しかし野に放したかと思えば、今度は邪魔者扱いして、やすやすとその命を壊す。
思えば人は、自分勝手も甚だしい。
「あ」
晴也は小さく声を溢した。
吉郎はいつの間にかそこに座し、
平伏して額を地面につけた。
深々と頭を下げていた吉郎は、しばらくして面を上げた。
ほんの三十分ほど前まで、彼は自由奔放で能天気で、明るすぎて鬱陶しい先輩だった。
しかしこの時の吉郎は、そんな面影を残していない。
「こんど、お線香もってきたらんとなあ」
静かに吉郎が言った。
ずっと、何も言えなくて黙りこくっていた晴也は、そして奥歯を噛みしめ口を切った。
「なんで先輩が謝ってんすか」